シンクロニシティ

こんばんは!高尾です(^^♪

今日のお天気を全身で感じながら、昨日がこのようなお天気だったとしたら、講演会もまた違ったものになったかもしれないな・・・という思いがしております。

足掛け2年をかけて準備を進めてまいりました、『玉置妙憂さん特別講演「悲しみとともに生きる」〜グリーフを生きるちからに〜』が、抜けるような秋晴れの青空の元、昨日無事に開催されました。

お部屋の準備も整いました!

受付は密にならないように広々と。

 

座席も間隔を十分に開けて。
窓が大きくて明るいです(^^)

 


会場右手の景色。
皆さま、まずこちらに駆け寄っておられました。

 

 

 

 

 

 

 

会場前面には、スカイツリーが!

 

 

 

ご用意した席は、ほぼ満席となりました。

 

 

 

 

皆さま、背筋を伸ばして聴き入っておられます。

 

最初に「生命の行方をどう考えられますか?」という質問から入りました。
この世だけ?あの世はある?輪廻転生?遺伝子としてこの世に遺る?それとも永遠の生命をいただく?????
もちろん正解などありません。そして、今は「人間この世だけよ!死んだら全てお終い」と思っていても、何かのきっかけで「やっぱりあの世、あるのかも」と気持ちが変わることもあると思います。それでも「自分が死んだらどうなるのかな?」ということを普段から考えておくと、なにか大きな出来事があった時に、何も考えていないよりは、落ち着いて対峙することができる、、、かもしれません。

そして、「人間の器」の話になり、
・穏やかな死
・死のタブー化
・死に方を評価する
・生と死の境の多様化・曖昧化
の話へと進んでいきます。

特に ”死に方への評価” のお話は、多くの人が深く考えさせられるテーマだったと思います。どのような亡くなり方をしても、「かわいそう」「お気の毒」「もっと生きたかったでしょうに」といった自分の(周りの)価値観で評価しない。ましてや、その人の人生全てを、その “死の場面” だけを切り取って、評価したり批判したりするなど決してしてはならないのです。
それでも、グリーフを抱えてケアに来られる方の多くが、この「死の場面」に気持ちが引き寄せられてしまっているのです。大切ないのちが消えゆく場面は、想像していた以上に辛く悲しいものです。でもそれは、その人のかけがえのない人生においては、ほんのひとつの場面でしかないのです。そう考えることによって、「死の場面の呪縛」から開放される日がくることを、願わずにはおられません。

魂の声=スピリチュアルペインについてのお話もありました。
人はみな、スピリチュアルという小さな箱を持って生まれてきているそうです。普段は意識されることもなく、無意識の世界で、蓋が閉められたまま静かに佇んでいるのです。多くの人は「自分のいのちは永遠」だということを前提に、日々を送っているのではないでしょうか。それはきっと、そう考えないと苦しくてしかたがなくなってしまうからではないか、、、と玉置さんはお話しされました。

しかし、なにかのきっかけで、、、
例えば、大病をしてしまったり、友人が重い病に罹ってしまったり、大きな災害=地震や土砂くずれ、感染病などによって死が身近になってしまうと、その小さな箱の蓋がパカッと開いてしまうというのです。
これこそが「スピリチュアルペイン」と呼ばれるもので、
・自分の人生はいったいなんだったのか
・自分が生きている意味はあるのだろうか
・自分はなんのために生きているのか
・こんな状況に陥ってまで生きていかなければならないのだろうか
というような考えが頭の中をグルグルと回り始めます。

見守る側の周りの人も
・何もできなくて辛い
・どうしてもっと早くに気づいてやれなかったのか
・疲れた、逃げ出したい
・いっそのこと・・・と思ってしまう
・なんとか生きていてほしい
という痛みに苛まれます。

このスピリチュアルペインには、
1.答えがない
2.誰かのスピリチュアルペインは周りの人に大きなダメージを与える
という、大きな2つの特徴があります。

私も、この「答えのない問いとどう向き合うか」という難題に、論文を書く際には非常に苦しめられました。結局たどり着いたのは、これは、お一人お一人異なる道筋をたどり、それぞれに違った見解があり、全く同じ考え方はなく、結局正解などどこにもないという、答えはないという答えでした。

もしも、この答えのない問いにケア師が答えられないとしても、それは当たり前のことであり、答えられないケア師が悪いわけではない、と玉置さんは話してくださいました。だからこそ、スピリチュアルペインを抱える人も対峙するケア師も、この「答えが出ない」という厳しい現実に耐える力が必要となってくるというのです。耐える力は、まずは自分のコップを満たして初めて得ることができるもので、その自分のコップを満たすためには、セルフケアがとても大切になってくるのです。自分を労い大切にすることにより、空っぽだったコップに水が少しずつ満たされていくのではないでしょうか。それとは対象的に、悲しみや苦しみで満ち満ちているコップを手にすると、以前からお伝えしているように身動きができなくなってしまいます。コップにはどうぞ、少しでも生きるのが楽しくなるようななにか・・・を入れてくださいね。
(2021/10/30 玉置妙憂さん講演会より)

そして、スピリチュアルペインが大きなダメージを与えるのだとしたら、ご本人だけではなく、周りの方々、特にケア師のケアが必要となってきます。看護師さんやカウンセラーの皆さま、どうぞ「ケアギバーのためのオンラインカウンセリングルーム セラとぴあ」を1度体験されてみてください\(^o^)/https://www.seratopia.net/

先日もお伝えした、「自利」をもって「他利」をなす!!
自分のコップが満たされていると、周りの人も自然と幸せになります。まずは「自利を満たすこと」を、今日の講演会のお土産課題として自分に課してみましょう(*^^*)

最後に瞑想のひとときを・・・

講演会の最後に、日常生活に取り入れられる「瞑想」の方法を教えていただきました。

おりんの澄み渡る響きのように、今回の講演会では、玉置さんの語られる言霊と参加者の方々の思いが響鳴する=シンクロニシティが起きていることを感じました。
私が対面にこだわってきた理由がここにあったのです。別々の人間がそれぞれのメロディーを奏でながら、それでもある瞬間において、美しく響き合うことがあるのです。もちろん、感じられた方もそうでない方もおられて当然です。たとえ感じられなかったとしても、その空間に一緒に居られたこと、今ここでなにかが起きているということを感じられたとしたら、それはコップを満たす1滴の水になり得るかもしれません。

 

 

 

 

ここからなにかが始まるかもしない。
そんな幸せな時間でした(*˘︶˘*).。.:*♡

 

参加してくださった皆さま、どうもありがとうございました。
玉置さんから、「今日の参加者の方々は、なにかいつもと違う感じがしました。」というお言葉をいただきました(^^)
きっとそれは、様々な条件や環境が整って、シンクロニシティが起きたからでしょう!

お詫び:手違いにより、玉置さんの著書が会場に到着しませんでした。ご購入を楽しみにされていた方々には本当に申し訳ありませんでした。また告知が徹底せず、重ねて心よりお詫び申し上げますm(__)m

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