休むのも楽じゃない^^;

こんにちは!高尾です(^^♪

梅雨に戻ったかのようなお天気から一転、夏らしいお天気が続きます☀
暑いけれども、ギラギラ太陽と蝉の声、どこからともなく漂ってくる蚊取り線香の匂い、、、やっぱり夏はこうじゃなくっちゃ!!と思いながらも、汗だくになってフーフー言ってます😆

さて、10時からほぼほぼ21時頃までの連続勤務💦
頑張ってはみたものの、やっぱり歳には勝てず(;_;) 体調を崩してしまいました。
病院に行くと「何はともあれ、今は身体を休めましょう」と、ドクターストップがかかったものの、『休む』ことも、これまたやってみると意外と難しい(-_-;)

昔からじっとしているのが苦手で、ここ10年ほどは座る間も惜しんでチョロチョロ動き回る日々。さすがに身体にダメージを受けるとそこまでは動けないけれども、忙しさに負けてしまった自分をなんとなく受け止めきれず、こんなはずじゃなかったのに・・・と思い悩む日々。。。
どうやったら、ゆっくりのんびりまったりと心身を休めることができるのでしょうか。
グリーフケアに来られる方々には、「ご自分をまず大切に」と言い続けてきたのに、「ストレッサーからまず離れましょう」とも言い続けてきたのに、自分のこととなると、この有様で・・・お恥ずかしいかぎりです(。>﹏<。)
そして、これらのこと、実現するには一人ではなかなか難しいということも、自分ごととして体験いたしました。

以前にも、「会いたい」と言ってきてくれたご友人には、無理のない範囲でほんの少しでも構わないから、なんとか時間を作って会ってさしあげて欲しい、ということをお願いいたしました。
それは、SOSを一生懸命出してみても、そこで拒絶されてしまうと、さらなる二次被害が襲ってきてしまうからです。
こんなに苦しい時にでさえ簡単に拒絶される私って、果たして存在し続ける意味があるのだろうか?
そして逆に、ほんの少しでも話しを聴いてさしあげるだけで、救えるいのちがあるのかもしれない、、、ということ。

コロナ第7波で会うことが難しいとしても、「なにかあった?」の一言で救われることもあるのです。電話でもLINEでも構わないので、もしも、話を聴いて欲しい相手として選んでもらえたのならば、その願いを叶えてさしあげてください。
ただし、もしもその人があなたにとって大切な存在の方だったら・・・ですけれども。。。

平野啓一郎氏の小説『空白を満たしなさい』(2012年 講談社)。
何年か前に読んだ小説が、NHKでドラマ化され驚いています。
ちょっと現実離れしたお話なので、まさか映像になるとは思ってもいませんでした。
これもまた、苦しいものがたりです。
自死でいのちを絶った男の、生き返りのお話です。自分が自死で死んだことをどうしても認めたくない主人公。自分のせいで夫が自死したのではないかと苦しむ妻。

その中で語られた「どうやって死ぬかなんて、たかがひとつの行いではないですか」「その死に方が、全人生を否定するわけではない」というセリフ。
しかし、その死に様によってその人の人生を一色に染めてしまうほど、『死』は傲慢に攻めてくるとも語られています。
そして、自分の中にはたくさんの自分がいて、その中の「もうだめだ、いなくなってしまいたい」という自分を、生きたい、生き続けたいと願っている自分が消し去る行為が自死なのではないかというストーリー。自分という人間を、たったひとつの個人としてではなく、あんな自分もこんな自分も存在し得るという、分人として捉えるという考え方。
人生を終わりにしたくて自死するわけではなく、人生を終わりにしないための自死。そういう考え方もあるのかもしれない、と、先日ここで紹介させていただいた詩人谷川俊太郎氏の「ぼく」ともちょっと違う、、かな、と思いつつしんどいながらも観ています。

この小説のように、自分が死んでしまった後にこの世でその意味を問うことはできないけれども、だからこそ、生きている今ここで、生きるとは?死ぬとは?自分にとって幸せとは?と問い続けながら生きることの意味を深く考える機会をくれている小説なのではないかと思うのです。

いろいろな人生があり、いろいろな考え方があって当然だと思います。しかし「その死に方が、全人生を否定するわけではない」という思いは、どのような死に様にも通ずるものであって欲しいと願っています。

 

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