死を想う=よく生きる

こんにちは!高尾です(^^♪

台風がもたらす不穏な空模様🌀
コロナの感染者もどんどんと増えてきて、こころの中も似たような状況(T_T)
昼間の都心は人流が減る様子もなく、ヒタヒタとコロナがより身近に迫ってきている不安にかられます。
ここは基本に立ち返って、自分と自分の周りの人を護るためにはどうしたらよいのかを考え直す必要がありそうです。

先月の毎日新聞に、内科医の占部まりさんとジャーナリストの池上彰氏の対談が載っていました。

占部医師は、2014年にお父様の最期を自宅で看取ったことをきっかけに、「死について、いろいろな角度から話す場所が必要なのでは」と感じ、2017年に『日本メメント・モリ協会』を設立されました。「メメント・モリ」とは、ラテン語で「死を想え」という意味だそうです。コロナの感染拡大で人の死がこれまでになく身近になった今、どのように死と向き合えばいいのかを考えていく、ということだそうです。そして、「コロナ渦では、深い意味で死を抱えている人がいると思うので、そういった人に手を差し伸べられる場所を作りたいのです」と。。。

コロナ渦では、終末期の変化を家族が共有できず、人生の最終段階を家族と共に歩むことが非常に困難となっています。
クライアントさんの中にも、大切な方の最期の時間を共に過ごせなかったことによって、グリーフをさらに深く感じられておられる方がいらっしゃいます。
人生の最期を、大切な人、家族、友人と語り合ったり、たとえ言葉はなくとも、ただ傍らに寄り添ってもらったり・・・そういう貴重な時間が持てないということは、逝く人も遺される人も、その突然のお別れを受け止め、受け容れていくことを、とても難しいものにしてしまっています。それは、お互いに「死を想う」時間が持てなかったからではないでしょうか。

だからこそ占部医師は、「死についていろいろな角度から話す場所が必要」だと感じられたのです。きっと、このコロナ渦であっても、その橋渡しはきっとできる、と感じられたのだと思います。

池上氏によると、ペストではメメント・モリにまつわるいろいろな絵が描かれており、普通の人たちが楽しそうに生活している傍らで、骸骨が踊っているそうです。ペスト渦でも「私たちのすぐ横に実は死があるのだよ」ということを伝えているようだと。
また、死を想うことがよりよい生を生きる、今の生を充実させていくということにつながる、とも語られています。奇跡的に命をとりとめたりした人が、自然の美しさを改めて感じることがあるように、そういう観察力が研ぎ澄まされるからかもしれないと。

今、コロナ渦においても、今まで当たり前に思っていたことが当たり前でなくなり、実はそれらがとてもありがたいことだったということに気付かされています。その感謝の思いをこころに留めておくと、いつか少しずつ元の生活に戻れる日が来るとしたら、その時、とても人生が豊かになっていくのではないかと思うのです。辛いこと、悲しいこと、苦しいことがあったからこそ、今までとは少し違う色合いで、景色が見えてくるのかもしれません。

占部医師は、「終わりがあるということを考えるのは、人生においてポジティブな効果もかなりあると思う」と語っておられ、池上氏の掲げた「死を想う=よく生きる」という思いに寄り添われました。それこそが、「メメント・モリ」に込められた思いだからなのかもしれません。

彼女が、誰かに死について考えてもらうためにかける言葉は、「人生の最期に聴きたい音は何ですか?」だそうです。「楽しかった思い出や大切にしているものが浮かんで、心の中が温かくなりませんか」(毎日新聞2021/07/13掲載)

以前にも、「どのような場所で最期を迎えたいか」ということを考えることがとても大切だということを発信したことがありますが、その時にも確か、どのような音楽を聴きながら最期の時を迎えたいか?という問いかけがありました。人間の聴覚は心臓が止まった後も残っているというエビデンスも出ているそうなので、この問いかけは自分の最期を想う時、とても大切なものになるのかもしれません。

♪「あなたが、人生の最期に聴きたい音は何ですか?」♪

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