生きがいとは・・・

こんばんは!高尾です(^^♪

12月に入りました。
今朝は、空気が冷たく澄んでいましたね。
今日は上智で「スピリチュアリティと芸術」の5回目の授業を聴講してきました。

今日は神谷美恵子さんの「生きがいについて」。

「世の中には、毎朝目がさめるとその目ざめるということがおそろしくてたまらないひとがあちこちにいる。ああ今日もまた1日を生きて行かなければならないのだという考えに打ちのめされ、起き出す力も出て来ないひとたちである。(中略)たとえば治りにくい病気にかかっているひと、最愛の者をうしなったひと、自分のすべてを賭けた仕事や理想に挫折したひと、罪を犯した自分をもてあましているひと、ひとり人生の裏通りをあるいているようなひとなど。」

グリーフケアの現場では、このような言葉が毎回のように聴かれます。
人間がいきいきと生きていくために、「生きがい」ほど必要なものはないのに、それを人間から奪うなんて、それほど残酷なことはない、と彼女は言っているのです。
そして又、人間に生きがいをあたえるほど大きな愛はない、とも。。。
ここでいう「生きがい」とは、かなしみの意味を深めるということです。

そしてもうひとつ大切なこと。
ひとり人生の裏通りをあるいているようなひとなど」があちこちにいるということ。
生きがいを見失い、苦しみもがいている人があちこちにいるのに、なぜ人の目には見えないのか。どのようにしたら、危機にある人が見えてくるのか。
どんなに話し合っても、ディスカッションの中から答えは見つかりませんでした。
大切なことは、答えを見つけることではなく、この問いを深めていく力だということです。(う〜ん、難しい。。。)

ただ、私は、苦しんでいる人には声を挙げてもらいたいということ、声を挙げずとも、私を見つけて欲しいということ、そして、私自身、声なき声を感じ取ることのできる、研ぎ澄まされた感性を持っていたいということ、を切に感じました。

そして、前回に引き続き「かなしみ」とは。。。

「かなしみ」と共にある時、人は死者を近く、深く感じることができます。涙は亡き人への供物であり、「かなしみ」の炎を焚いて、それを光として、慰めとして生きていくのです。
「かなしみ」は癒やすものではなく深めるものであり、消すのではなく、変貌させるもの。。。
ん〜〜〜、わかったような、やっぱりわからないような。
結局、「かなしみ」は知り得ない謎のまま、そっと抱き続けるものなのかもしれません。

次回の授業まで、毎日4行詩を書いてみる、という宿題が出ました💦

 

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