設立3周年の思い

こんにちは!高尾です(^^♪

今日の陽気は「もう、春が来たの?!」とでも言わんばかりです。
コロナウイルスの活動を弱めるための、神様の計らいなのでしょうか。。。

さて、本日3月1日、「グリーフ・カフェ Be-ing」は、創立3周年を迎えました。本当にたくさんの方々に足を運んでいただき、涙あふれ、笑顔こぼれる、あたたかな時間を、静かに共に過ごさせていただきました。
その間、哀しみ、切なさ、絶望、裏切り、、、様々なできごとや思いが走り抜けていきました。それでも、続けていこう!という思いが失せなかったのは、クライアントさんから「ここがあって、本当によかった」という言葉をいただいたからなのだと思うのです。やがてその言葉には言霊が宿り、どんな困難なできごとが到来したとしても、「ここにあり続けることの大切さ」を私に伝え続けてくれているのです。

残念ながら、すべての方に笑顔になっていただくことはとても難しいです。それはやはり、魂と魂が響き合えるということは、そう簡単には起きることのない奇跡だということにほかならないからだと思うのです。だからこそ、来ていただくには勇気がいると思います。初めて出会うケア師の前で、どこまでありのままの自分で存在し得るのか。どこまで自分の言葉で自分の思いを伝えることができるのか。不安はたくさんあると思います。
それでも、毎回少しずつご自分の力で、ご自分の足で、立ち上がっていかれるクライアントさんを目の前にして、どうか、最初の第一歩を踏み出していただきたいと、こころから願うのです。
私も初回お目にかかる時は、不安な気持ちを抱きながら、お迎えさせていただいております。「クライアントさんも不安でいらっしゃいますよね、、、でも、私も同じ気持ちなんですよ、、、」と、ここでは、自分の気持ちを偽らず、正直に、素直に、ありのままの自分とあなたであり続けたいと思っております。

 

以前こちらでもご紹介した、「風の電話」は、岩手県大槌町の三陸海岸を見下ろす丘の上にあります。電話線の繋がっていない黒電話と一冊のノートが置いてあるだけの電話ボックスです。

風の電話は心で話します 静かに目を閉じ 耳を澄ましてください 風の音が又は浪の音が 或いは小鳥のさえずりが聞こえたなら あなたの想いを伝えて下さい

亡くなった方と遺された方が、受話器を通じて出会える場所。そして、遺された方々が生きていくための支えとなる場所でもあるのです。
この絵は、友人に感じたままを描いてもらったものです。Be-ingを支えてくれている大切なものの一つです。

「風の電話」

海の見える高台に
白い電話ボックスがあって
そこに
配線の切れた
黒電話がひとつ
岩手県上閉伊郡大槌町にある
風の電話

受話器をとり
耳にあてても
何も聞こえない
でも
訪れる人は皆
亡き者たちにむかって
話しかけようとする

人が
何かを語るのは
伝えたいことがあるからではなく
伝えきれないことがあるからだ
言葉とは
言葉たり得ないものの
顕れなのである

だからこそ
語り得ないことで
満たされたときに
人は
言葉との関係を
もっとも
深める

嘆き
呻き
涙して
言葉を失ったところで
ようやく
死者たちの
語らざる声に気が付く

どんなに
悲しんでもいいけど
あまり
嘆かないで
わたしの声が
聞こえなくなるから

悲しんでもいいけど
顔をあげて
あなたにはわたしが
見えないけど
わたしには
あなたの姿が見えるから

悲しんでもいいけど
ぜったいに
ひとりだとは
思わないで
いつもわたしは
あなたのそばにいるから

生者たちよ
語ろうとする前に
亡き者たちの声を聴け
祈りのとき
彼方から訪れる
無音の響きを聴くように

若松英輔 詩集「見えない涙」より

「私たちが悲しむとき、非愛の扉が開き、亡き人が訪れる」と、若松先生は記されています。「死者は私たちに寄り添い、常に私たちの魂を見つめている。私たちが見失ったときでさえ、それを見つめつづけている、悲しみは、死者が近づく合図なのだ。死者と協同し、共に今を生きるために。」(若松英輔 大震災と、生きている死者『魂にふれる』2012年3月5日 より)

数え切れないほどの悲しい物語を生んだあの日から、どんなにかなしく辛くても生きていかなければならなかった数え切れない人々の思い。その思いが終結することはないけれども、でも、その思いが、力となり勇気となり、そのかなしみによって生かされているのだとしたら、亡くなった方々の霊が遺された人々に寄り添い、見つめ、共に今も生きているということの証ではないかと思うのです。

この「風の電話」をモチーフにした、諏訪敦彦監督の映画「風の電話」がベルリン映画祭の特別賞を受賞したそうです。世界中の、傷つき、膝を抱えている人々へのエールとなったのかもしれません。

コロナウイルス感染をこれ以上広げないためにも、非日常の不自由さに対して少し考え方を変えて、お休みの日は、出かけたい気持ちを少し抑えて、静かにあの日を迎える準備をしてみるのもいいのではないでしょうか。

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