ケアギバーのためのオンラインカウンセリング

こんばんは!高尾です(^^♪

今日で2月も終わります。
年が明けてからの1月2月は、修論の最終提出、最終審査、最終面接、合格発表・・・と修論の仕上げで過ぎていきました。
なんとか卒業させていただけることになりホッとしたのも束の間、製本用のコピーをさらに2部。。。今日も我が家のコピー機はフル回転でした🌀

今年は思い立って、我が家の小さなお雛様を出してみました。

   

初孫が女の子だからかもしれません。5月の端午の節句ではなく、3月の桃の節句。久しぶりに桃のお花も飾り、ちょっと華やかなエントランスとなりました。
こうやって遥か昔から、親は我が子の健康と幸せを祈りながら、子供とともに成長してきたのでしょう。我が息子も只今育児奮闘中!私の目の前で、孫娘に離乳食を食べさせている様子を、なんとなくこそばゆく思いながら眺めていました。
コロナの最中に誕生し、成長していくこの子たちに、幸多かれ!!

何度かここでも登場していただいた、ホリコミ(ホリスティックコミュニケーション)の先生が、ケアギバーのためのカウンセリングルームを立ち上げられました。私が修論の中や、先日の寄稿文の中でも訴えてきた、「グリーフケアの課題」の中のひとつに「ケア師のケア」があります。そのことを先生と直接お話したことはありませんでしたが、いち早くその課題を実現してくださいました。やっぱりすごいな〜黒丸先生!!

ということで、来月早速申し込んでみました。
実際に、グリーフケアに特化したカウンセリングを仕事として、定常業務として行っている場所は少なく、グリーフケア師のグリーフに関して分かち合う仲間や場所が身近にないことは、とても残念です。
クライアントさんが増えてこられて、ケア師自身が抱える痛みも膨らみつつあります。カウンセリングを受けるということもセルフケアのひとつと捉えて、自分を整えつつ、豊かな気持ちで皆さまと向き合っていきたいと思います(*^^*)

🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸春が待ち遠しいですね🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸🌸

 

最終面接、終了しました\(^o^)/

こんばんは!高尾です(^^♪

今日は、なんとあたたかいこと!!まだ2月なのになぁ・・・と思いながらも、ポカポカ陽気を思う存分楽しむことのできた1日でした。

先週末、久しぶりに大学院を訪ね、修士論文の最終面接を受けてきました。前日に読み返そうと思ったものの、あまりにも長すぎてヘトヘトになってしまいました。まだまだ未熟なところはたくさんありますが、今の時点でできることはやり切ったという思いが、今の自分を支えてくれていると思っています。そして、1年ぶりにクラスメートと再会✨サロンにお招きして、今後の展望など、様々な話に花が咲き乱れました❀❀❀

さて、合格できるかどうかは先生方のご判断なので私にはわかりません。私が今でき得ることと、院が求めることが食い違っていれば、もちろん不合格で後1年修正を重ねることになると思います。でも、そうなった場合には潔く退学して、グリーフケアに専念したいと思います。多分、これ以上のものは、今の私には無理・・・だと自分でわかっているからです。。。
とはいえ、卒業式のガウンのサイズだとか、製本用の申請書だとか、、、卒業ありきの雰囲気が満ち満ちていて、そこにはやりきった感漂う「卒業見込み」の人たちが集っていました。
年齢は違えど、共に頑張った人たちに「おめでとう!!」と思いっきり叫びたい気持ちで院を後にしました。

今週も新規の方が来られる予定です。人生には思いもよらないことが起きてしまうわけで、幸せだった時間がどんなに切望しても掌から零れ落ちてしまいます。今、どんなにか辛い思いで日々を過ごされているのだろう、、、と想像するだけで胸が苦しくなってしまいますが、強張ってかたくなってしまっている心身を少しでも緩めていただき、ご自分の物語をリラックスしてお話いただける場所を準備して、お待ちしようと思います。

Be-ingを始めてからずっとですが、私は来室してくださる皆さんから学ばせていただくことがとても多いです。押し寄せる波に足元をすくわれそうになりながらも、何度も通ってきてくださる方がたくさんいらっしゃいます。あれもできたよね、これもなんとかね、では今度はこれをやってみましょうか・・・と、お一人お一人が異なる道を歩まれています。今ここで共有している時間や思い、できごとは、誰かに評価されるものではない、ということを、共に苦しくて悲しくて辛くて泣きたくなったり、一緒に笑ったりという時間を過ごす中で、皆さんから教えていただきました。そして、その方々からいただく言葉のひとつひとつが、私に元気と勇気、そしてここに私がいることの意味を与えてくださっているのです。
大学院でも大切なことを教えていただきました。Be-ingで皆さんから教えていただくことと、院で先生方から教えていただいた理論を融合させながら、グリーフケアを必要とされている方にちゃんと届きますように、と祈るばかりです。

サロンにはとても「いい気」が流れています。なぜか、訪ねてくださる方皆さんがそうおっしゃいます。どんなに苦しくとも、たとえ孤独であったとしても、そこに狡さや媚といったものが流れ込まないように、私自身がそういった「悪い気」に引き込まれないように、そういうものが流れている場所とは距離を置きながら、皆さまの前ではいつも正直であり続けたいと強く願ったこの週末でした(*^^*)

非常に悪意の感じられるアクセスが検知されましたので、私も含め、アクセスしていただいた方々の安全を担保するため、1部ブログを非公開とさせていただきました。詳細がわかり次第元に戻しますので、しばらくお待ち下さいm(_ _)m

5年目に入る前に、ようやくネームプレート(表札)を作ることができました!もう、迷わずにお越しになれると思います(*^^*)

お待ちしております!!

キラキラした時代を共有できる仲間がいてくれることの幸せ✨

こんばんは!高尾です(^^♪

今日は風が冷たくて、真冬に逆戻りしたような寒い1日でした(。>﹏<。)
でも、週末はまたポカポカ陽気だとか☀
今週末は、修士論文の「最終試験」です。主査と副査、3人の教授を前にどう戦うか。。。まぁ、余力があればですけれども・・・^^;

断捨離のおかげで、大学時代の貴重なカセットテープが出てきました♫
でも、今どきカセットテープを聴くデッキがない(-_-;)ことに気づき、捨てるしかないか〜と残念に思っていたところ、そのデッキ(というにはとっても小さなものが)届きました\(^o^)/

テープが伸び切ってるかと思いきや、全く遜色のない音色にビックリ(*_*)
記憶が30数年余りを一気に遡り、あの頃のキラキラ✨していた自分たちが蘇ってきました。どうしても誰かと共有したくて、大学時代のギタアン(ギターアンサンブルクラブ)仲間にお届け!!ついでに当時の写真の山もスキャンしてファイルし、それもオマケでつけてみました。
すると、にわかにグループLINEが盛り上がり、気持ちはすっかり女子大生。あんなこともあったね、だんだん思い出してきたよ〜〜、あの頃私たち頑張ってたよね、若いってすごいよね、そうだね、キラキラしてたよね、、、などなど。。
花の女子大生の日常から遠く離れたクラブ一色の日々。すごくしんどくて辛くて、それでも逃げ出さなかった。すごく大変だったけど、でもすごく楽しかった。そんな、キラキラしていた頃の自分たちのことを、言葉などなくても、説明などしなくとも、写真1枚、メロディーワンフレーズで、その記憶を共有できて、遥か昔まで一気に舞い戻ることのできる仲間がいてくれること、それがこんなにも幸せなことだなんて、あの頃は想像もしていませんでした。この歳になって、こうやって歳を重ねて初めて、味わうことができたのだと思います。あの頃一緒に頑張って、共に笑ったり泣いたりした大事な仲間たちが、今も側にいてくれて自分を支えてくれていることに、こころから「まいった!」「ありがとう!!」と声を掛け合うアラ還の私たちでした(*^^*)

ラテンステージ💃

開園当時はガラガラ

 

 

今はしんどくて辛いことも、何年か、何十年か先から振り返った時に、同じような気持ちでいられるように、まだまだ頑張ってみようかな、という底知れぬパワーが湧き上がってくるのを感じることのできた、夢のような出来事でした♪♪♪
これも断捨離効果???かもしれません。
今を精一杯頑張っていれば、大切な大好きな仲間に囲まれてさえいれば、きっとステキな未来が待っていると信じましょう(*˘︶˘*).。.:*♡

情も深すぎると・・・

こんばんは!高尾です(^^♪

2月とは思えないような、暖かく穏やかな1日でした。

昨日はケアとケアの間に時間があったので、その間にクリニックに出勤し、患者さんへお薬や処方箋を送る作業を済ませました。それでも少し時間があったので、誘惑に負けて・・・行ってしまいました(-_-;)

本を読みながら、とろけるようなわらび餅をいただきました。きな粉が香ばしくて、その味わいを際立たせています(๑´ڡ`๑)

次回は、季節限定のコレにチャレンジしてみようと思います\(^o^)/

 

 

気持ちがちょっとざわついたり、波打ったりする時は、目にも美味しい「おやつ」が、私には1番効きます。ひとそれぞれ、そういう効果バツグンのなにかを効果的に活用したいものです。
というのは、単なる言い訳^^; ただ単にスイーツ好きな私の、贅沢な時間でした((*˘︶˘*).。.:*♡

四十九日の意味を、今日義母の法要で訪ねたお寺さんのご住職が、お話ししてくださいました。この49日間は、亡くなった方があの世へ旅立つための準備期間だそうです。毎日お線香を立ててお祈りしていたので、おそらくは、無事に極楽往生が叶ったのではないかと思っています。

そこでひとつ興味深いお話を伺うことができました。
「愛情も深すぎると、愛着となり、執着となる」そうです。だからこそ、手放すことも大事。そうすることで、執着することなく、亡くなった人が安心して極楽浄土へと旅立っていくことができるそうです。

なるほど、そういう考え方もあるのだな・・・と。。。
それは、「忘れましょう」ということでもなく、「嫌いになりましょう」ということでもありません。ただ、愛する方が亡くなったこと、この世ではもう2度と会えないことを受け容れ、愛情に片をつけて、きちんと自分の中のどこかの引き出しに片付けることだと思うのです。それは、開けっ放しでもなく、鍵をかけてしまうのでもなく、開けたいときにはいつでも自由に開けることのできる引き出しです。その引き出しに片付けられたことを確認することによって、亡き人は安心して、あの世から見守ることができるのかもしれません。

必要以上の情が残っていると、それは執着心と化し、「あの時もっと〜〜できたのに」→「できたはずなのに」→「できたに違いない」となり、できなかった自分を責め続けることになってしまいます。それはあまりにも苦しい。。。なぜなら、過去をやり直すことはできないからです。でも、起きてしまった出来事を変えることはできませんが、捉え方を変えることはできます。できなかったことへの執着心を手放すと、「できなかったこと」よりも、「にもかかわらずできたこと」へと目先が向いていき、できる限りのことをその都度判断しながらやってきたことに気づけると思います。

自分が自分らしく笑顔で生きていくに必要な分だけの愛情を携え、それ以上のものは形を変え、場所を変えて、あるべき場所にあるべき姿で片付ける。グリーフワークの中でも、とても大切なプロセスだと捉えています。考え方の癖を変えることは決して簡単ではありませんが、ひとりではなくケア師がご一緒ですから、安心して臨んでいただければと思います(*^^*)

昨日、冷凍の鶏が丸々一羽分届き・・・

この人の手にかかり、こんなふうになりました!

ごちそうさまでした!

対価をいただくことの意味 〜真のボランティア企業をめざして〜

こんばんは!高尾です(^^♪

今日は寒かったですね(。>﹏<。)
ベランダでお洗濯物を干しながら、思わず「お〜〜サブ」と、口から飛び出すほど・・・でも、その分よく乾きましたけど。。。(*^^*)

日本ホリスティック医学協会の会誌に載せる原稿の校正確認が、無事に終わりました。会誌の4ページ分。読んでくださる方々がグリーフケアのことをよくご存知かどうかもわからないので、わかりやすく、伝わりやすいように・・・

普段、グリーフケアに関して語り合う人はあまりいません。研究所のクラスメートとも、もう、会うことはないかもしれません。みんな、自分のことで精一杯なのだと思います。もっと横の繋がりを大切にしたいと思うのですが、会社を立ち上げ、カウンセリングの対価をいただいている「Be-ing」に対して、どちらかというと冷ややかな眼差しが向けられています。2年前の研究発表会の時、Be-ingの活動報告発表をした私に向けて、司会をされていたある先生が全員の前で言われたのです。「グリーフケアは、お金を取るべきではない!」と。「可哀想な人からお金をとるなんてとんでもない」ということなのだと思います。

でも、以前にも書いたことがありますが、大切などなたかを喪った人は、本当に「可哀想な人」なのでしょうか?「悲しんでいる人=可哀想な人」ではないと私は思うのですが・・・残念ながら、研究所の考えはそうではないようです。

無償で働き続けることはとても難しいです。無償で働きながら、そのための勉強を続けることは、もっと厳しくしんどいです。でも、我々グリーフケア師には、それが求められている、というのが厳しい現実なのです。

しかし、グリーフサポートの現場にいると、クライアントさんの思いは研究所の考え方とは少し違っているように感じられるのです。自分が一生懸命働いたお金の中から5000円を出して、月に1回カウンセリングサロンに来て思いを語ることが、生きていく上での支えとなり、エネルギーとなっていると話してくださる方が多いのです。可哀想だと思われたくない、亡くなった人のことも可哀想だと思いたくない。そのことに気づけた場所であり、それでも、たとえまた辛くなったとしても、「自分にはこの場所があるから大丈夫!!」。そう言っていただけることが、私にとっては対価をいただくこと以上に価値があり、嬉しいことなのです\(^o^)/

Be-ingは、利益を追求する企業ではありません。いただいた対価は、社の利益としてではなく、みなさまに還元するために使われます。職を喪って、支払いが難しくなってしまったクライアントさんが、続けてケアを受けるための補助金として使われることもあります。また、セルフケアのためのワークショップや講演会は、たとえ赤字になったとしても、参加してくださる方々に笑顔になっていただくために、その中から補填しながらずっと続けていきます。そして、今はご依頼をいただくことはありませんが、いつか悲しみの現場に赴く機会をいただけるとしたら、その時はもちろん無償ボランティアとして、みなさまからいただいた対価を社会に還元させていただきたいと思います。
税理士さんには、それは企業としてはちょっと・・・と言われてしまいますが、「それでいいんです。利益を得るための企業ではないので」と胸を張って言えるようになりました。真のボランティア企業であるために、そして、クライアントさんと対等に向き合うために、このような在り方があってもいいのではないか、、、と思っています。

ただ・・・
無償であるか、有償であるか、どこのカウンセリングルームに行くか、それはクライアントさんご自身が、ご自身の意思で決めることであって、我々が「〜〜であるべき」などと決めつけることではないと思っています。それは我々の自己満足であり、そして傲慢でしかない、、、、と思うからです。

 

あまり語り合う相手はいませんが、先日その数少ない大切な仲間のひとりと会う機会がありました。大学時代に出会った彼女と、何十年もの年月が巡りに巡った後、グリーフケアを通して再会することができました。グリーフケアをもっと知ってもらいたい、もっと寄り添える自分になりたい、、、そんな思いを語り合いながら、私自身エネルギーを注入してもらいました。ケアされるってこういうことなのだと実感しました。だからこそ、「ひとは癒やされて初めて、どなたかを癒やすことができる」のだと思うのです。