こんばんは!高尾です(^^♪
今週末も、春の嵐🌀のようなお天気となりました☔
春を目前に、意外と3月は雨が多いのかもしれませんね。
ミモザのスワッグ(らしきもの^^;)が
できあがりました!
私自身、2度の流産を経験しました。できることならば思い出したくはない、とてもしんどいできごとでした。
それは、喜びの瞬間があり、心身ともに母となる準備が始まり、我が子を胸に抱く日を夢見る幸せな日々が、ある日突然にして消え失せてしまうからに他ありません。
さらには、ごくごく身近な家族以外、知る由もないということも挙げられると思います。自分の身に起きた悲しいできごとを知る人もいない中で、自分ひとりが悲しみに暮れ、涙を流す日々が続くのです。
このように、公にされづらい、とてもデリケートな喪失を「あやふやなグリーフ」と呼んでいます。触れることも、語り合うことも、見つめ合うこともなかった、大切ないのちの喪失だからです。両親、特に母親である女性にとっては、自分の中で育んでいたいのちが突然いなくなってしまうので、その喪失感はとても大きなものとなります。しかし、私もそうだったように、その辛くて苦しい気持ちを聴いてもらえる、或いは分かち合える人がなかなか周りにはいないのです。
そのような経緯から、Be-ingでは「Tiedeur」という別の枠を作り、メールでのご相談も承っています。
流産・死産・中絶という、あやふやなグリーフを抱えた方々が、ずっと抱え込んでいた思いを、安心して語っていただくことのできる場がここにはあります。それぞれに抱える問題は異なりますが、共通して根底に流れているのは、自分を強く責め続けているということです。頭の中でその思いがグルグル回っていると、どんどんその思いが強くなってしまいます。
まずは、「今ここの思い」を言葉にして、誰かに聴いてもらうことから始めませんか?自責の念でいっぱいになってしまっているこころの中から、ほんの少しでもその思いを言葉にして掻き出すことができたならば、見える景色が少し変わってくると思います。
あやふやなグリーフと向き合う時、もうひとつ難しいことは、想い出があまりない、、、ということでしょうか。。。その中で、そのいのちが宿ってくれたことの意味、そのいのちの存在意義、自分の人生にそのできごとが起こったことの意味、、、というものと向き合わねばならないということは、とても切ないです。
それでも、きっとここに来られたということは、なんとかして前に進むための第一歩を踏み出したいという思いがあるからだと思うのです。そのレジリエンスの力を信じて、この悲しいできごとが、自分になにをもたらそうとしているのか、以前の自分とは少し違う自分を感じられはしないか、など様々なことをお話ししていただいています。話を語り進めていくうちに、できごとそのものは変わらないけれども、その捉え方が少しずつ変わっていくことに気づいていただけたら、と願っています。
そして忘れてはならないことは、パートナーである方が、お子さまを亡くした悲しみ以上に、目の前で嘆き悲しんでいる奥さまのことをこころから心配されているということです。グリーフの深さや形は異なっていても、共に前に進んでいきたいという思いで溢れているのだと思います。決してひとりではないのです。
それでもパートナーに話しづらいことがあれば、どうぞここにいらしてください。
来られた時よりは、少しホッとされたような柔らかい笑顔で帰っていかれるその後姿を見送りながら、ひとりでも多くの方に笑顔になっていただきたいと願う日々です(*^^*)
🌸🌸Be-ing近くの桜並木も満開です🌸🌸