1年ぶりのてごねキャンドル✨

こんばんは!高尾です(^^♪

ご報告が少し遅くなってしまいましたが、先週末六本木サロンにて、昨年の鎌倉以来となる『てごねキャンドルワークショップ』を開催いたしました。

今回は、みなさまリピーターかつてごねファンの方だけあって、最初からやる気満々で盛り上がっておりました(*^^*)

準備も万端に!


ai先生の指導にも熱が入ります。


今回は秋色の資材をai先生が準備してきてくださいました。
茶系は渋目に、同じ緑や青でも、夏の明るい色とは少し違った深みのある色となっています。

慣れた手付きで混ぜ合わせていきます。

 

こねてこねてまたこねて!!

 

 

 

和菓子のような、美味しそうな形、色合いで、出来上がりが楽しみです。

 

できたてホヤホヤのてごねキャンドルに火を灯すと、気持ちがふっと軽くなります。

 ひとつとして同じ色や形のものはありません


様々な色や形、大きさのキャンドルが、ところ狭しと並びました。お誕生日ケーキのような、3本の火が灯るキャンドルも出現しました(^^)
偶然の賜物のような、思いもよらないマーブル模様が浮かび上がったり、こね回しているうちに唯一無二な素敵な形に出来上がったり、なんというか、こうしてやろうとかあぁしてやろうとか考えなくても全然構わなくて、それでもって楽しくてたまらない、不思議な不思議なものづくりの時間でした。


今回の朗読には、詩人長田弘さんの詩に、いせひでこさんの水彩画が本当に可愛らしい『最初の質問』をチョイスいたしました。

たくさんの質問攻めに、みなさん頷きながらいろいろと思いを馳せているようでした。

 

栗のラスクと栗の香り漂う不思議な緑茶をいただきながら、絵本の感想なども飛び交い、すっかり打ち解け合い、いい時間を過ごすことができました。

次回は12月3日(土)湘南ライブラリーにて、クリスマスキャンドルをご一緒に作りましょう🎄どうぞお楽しみに✨

湘南ライブラリー(逗子)復活します!

こんばんは!高尾です(^^♪

せっかくのシルバーウィークも、台風の到来で雨続きでしたね☔
突然降り出すゲリラ豪雨に何度か遭ってしまい、全身びしょ濡れ体験も久しぶりにいたしました💧💧💧💧💧

さて、本日逗子に移動し、来る冬に備え、薪ストーブのための大量の薪を準備いたしました🔥恐らく、これから少しずつ湿度が下がっていくでしょうから、しっかりと屋外で乾燥させていこうと思っています。
小高い山の上は朝晩ずいぶんと涼しくなってまいりましたので、夏の間封鎖しておりました湘南ライブラリー(カウンセリングサロン逗子)を再開いたします!!
10月に勤務先のクリニックが法人化され、しばらく勤務体制が定まりませんので、
・毎月最終週の土曜日/日曜日
・11:00〜/13:00〜/15:00〜
という形で、逗子でのカウンセリングを再開いたします。

逗子・鎌倉は、これから紅葉の美しい季節となります。どうぞセルフケアも兼ねて「大人の遠足〜グリーフケアの旅〜『単独編』」をお楽しみください。

六本木では今まで通りのスケジュールとなりますので、こちらの方にも是非足をお運びくださいませ。
・最終週以外の金曜日/土曜日
・13:00〜/15:00〜/17:00〜

逗子と六本木では曜日が異なりますので、どうぞお気をつけください!

オンラインは、今後も通常通りのスケジュールです。再来の方はオンラインでのグリーフケアも体験されてみてください。

ついに、2年越しではありましたが、友人から株分けしてもらった月下美人が見事に咲いてくれましたヽ(^o^)丿

 ➡  ➡  ➡

噂には聞いていましたが、なんともいえない芳しい香りが(*˘︶˘*).。.:*♡


そして、本当に一夜限りの儚い開花劇でした。

ようやく整いました(*^^*)

こんばんは!高尾です(^^♪

ようやく朝晩涼しくなってまいりました。
暑い中の通勤は本当にこたえましたが、これからしばらく寒くなるまでは、身体にとっても優しい季節になると思います。

体調を崩してからというもの、どうしたらこころも身体も楽になってくれるのだろうかと日々思いながら過ごしてきました。
人それぞれでしょうが、私はやっぱり五感が喜ぶことをやってみようと思い立ちました。

大好きなお菓子作りは、目にも鼻にも触感にも幸せだなぁという感覚を取り戻してくれました。素敵なアトリエは、たくさんの人を幸せにしてくれています。

やっと申し込むことができたお菓子教室。
こねてのばして型抜きをして、オーブンで焼き上がる頃にはなんとも言えぬいい匂いが(๑´ڡ`๑)

サブレ・シャテーニュ

栗粉で作る、ちょっと大人な甘さが魅力的なサブレです🌰

美味しいお紅茶とともに☕

鼻をくすぐるようないい匂いって、こんなにも気持ちを優しくしてくるんだわぁ、とふわつく(?)足取りで帰路につきました。

甘い香りに包まれて、気持ちもお腹もい〜〜っぱいのはずだったのに、
でも帰り道に立ちはだかる誘惑には抗えず・・・アトリエから20分ほど歩いたせいか、程よく乾いた喉と、ちょっとばかり空いたお腹を満たしてくれました(^^) 目の前には八幡さんの鳥居。緑が目に優しく映り込みます。

 

翌日には、鎌倉の君が教えてくれた、ちょっと街外れのカフェへと車を走らせました。

ご家族でやられているのか、こじんまりとしていて、それでも地元の人がひっきりなしに訪れるケーキ屋さんです。
夏が旬のルバーブのタルト。甘酸っぱくて、トッピングのアイスとナイスマッチでした!

 

そして、こちらも大好きなお紅茶のアレンジ。

フルーティーな水出し紅茶と白ワインのセパレートティーを作りました。「紅茶とお酒」のアレンジティーもなかなか奥が深くて面白そうです。
でも、残念ながら私はお酒がいただけないので、ちょっと舐める程度。そしてもう一種類のアレンジは、すりおろしりんごを凍らせたものを混ぜて作ったのですが、こちらはもうジュースのような味わいで、つい飲み干してしまった後、でもやっぱりワインだったんだわ〜、と少々ふらついてしまいました(^_^;)

 

誰かとランチの日程を決めて、お店を探して予約して・・・なんて、つい2〜3年前までは当たり前のようにしょっちゅうしていたことが、ものすごく特別なことに思えてきた今日このごろです。
ではありますが、今月末にともに還暦を迎える友人とお祝いしよう!ということになり、こんな場所に行ってまいりました。

何年かぶりのアフタヌーンティー♡
40年以上のお付き合いになる友人と、絶えることのない積もる話を交わしつつ、しっかりと味わいながら、素の自分で語り合えることの幸せを感じました。

そしてある日には、家に帰ると息子の作ってくれた美味しいラーメンが!!

 

 

 

やっぱりね、食べるって大事!

 

美味しいごはんやおやつで心身ともに満たされた後、目に入ってくるこんな景色もまた違うところを満たしてくれるように思います。

夏の間はなかなかその姿を見せてくれなかった富士山が、ようやく顔を出してくれました。

雲がちょっとかかってて、それもまた絵になります。

海の色も、少しずつ濃くなってきたように思います。

そして先週末は中秋の名月🌕

お庭越しに眺める満月は、光を放ち、その姿には思わずため息が。。。

逗子の山の上では、ご近所さんが集まって、賑やかにお月見をしていました。
それもまた、忘れられつつある懐かしい光景でした。
虫の声が、秋の到来を告げているようです。

という、ちょっとスローモードな日々を送るうちに、少しずつ少しずつ、自分の中で崩れかけていたなにものかがシャンと整いました。
自分を整えることの難しさと同時に、整えられた日々を送ることの大切さを感じています。
整えられた先に、自利を満たすことの意味が見えてくるように思います。

今まで経験したことのないような忙しさに見舞われて、それでもなんとか頑張ってはみたけれども、これ、ちょっと無理かも、私、ダメかも、、、と感じたら、とにかく、なにはともあれ、休むことの大事さを今、お伝えしたいと思います。

体調を崩して2ヶ月ほどが経ちました。
配属先も変えてもらい、違った意味で忙しくはあるけれども、1度限界を経験した以上、もう無理はしない、無謀な努力はしない、と決めて、ようやく整った自分が今できることを、精一杯やっていこうと思えるようになりました。

どんなにしんどいことも、自分の人生において意味のないことはないと信じてみませんか。そうすると、そのしんどいことにも、なんだかちょっとありがた味が見え隠れしてきます。せっかく経験できたことですから、そのことを無駄にせず、また改めて、どなたかに寄り添える自分でありたいと強く願っております。

月下美人に蕾がつきました✨
昨年友人から分けてもらった株に、こちらもようやく花が咲きます!

『てごねキャンドル』参加費が間違っておりました😱🙇

こんばんは!高尾です(^^♪

このまま涼しくなるかと思いきや、今日は肌にまとわりつくような、妙に湿度の高い嫌な感じの1日でした。

さて、「てごねキャンドルワークショップ」の参加費が間違っていることに、今頃になって気づいてしまいました💦
今更ではありますが、3,500円 ➡3,000円に訂正させていただきます。リピーター割引もございますので、2回目以降の方も、是非気軽にご参加ください。
第1部が後3名様、第2部が後1名様となっておりますので、参加ご希望の方は早目にお申込みくださいませ!!

 

 

 

マロンティーとマロンスイーツをご用意して、愛先生とともにお待ちしております🌰🌰

なにごとにもお終いはくる、、、のです

こんばんは!高尾です(^^♪

朝晩はびっくりするくらい涼しくなってまいりました。
昨日今日と、久しぶりのエアコンなし!
この夏よく働いてくれたエアコンも、ようやく夏休みです(*^^*)

 

ピアノの発表会やグリーフケア、そしてキャンドルワークショップでずっとお世話になってきた「六本木シンフォニーサロン」が、今月いっぱいで幕を下ろすことになりました。サロンが入っているビルの建替えに伴い、移転ではなく、お終いにされるということを、先日お心のこもったお便りで知ることとなりました。ご自分の望む形ではないお別れに、代表の方の悔しさは幾ばかりかと心が痛みます。

でも。。。
と思うのです。
何事にも終わりはくる。永遠に続くものなどないのかもしれません。
どうしても私たちは、変わらないもの、永遠に続くものに憧れを抱きます。
でも、もしも続けることだけに拘って、大切な何かが変わってしまうとするのならば、辞めるという選択はあまりにも潔くて素敵です✨

このサロン、元々はクリニックの中に併設されていたそうです。
クリニックに来られた方々の緊張を少しでも緩めることができたら、、、という代表者の思いから、素晴らしい雰囲気のサロンと見晴らしのいいホワイエが造られました。ここで毎日患者様のために、ピアノが演奏されたそうです。

 

 

 

私の生徒たちも、毎年このサロンでの演奏会を楽しみにしていて、何人もの生徒たちがここから巣立っていきました。毎年趣向を凝らし、様々な楽器がここで奏でられました。

集う場所がなくなってしまうことはとても残念ではあるけれども、でも、たとえなくなってしまったとしても、頑張って努力したこと、緊張で指を震わせながら演奏したこと、でもその達成感がクセになること、そして美味しいスイーツの数々・・・生徒たちの胸に刻まれた貴重な想い出は、いつまでも色褪せることはないと思います。

私も、いつまでも誰かのこころの中で生き続けてくれるような、そんな潔く清々しい終い方をこころがけながら、今は今を頑張ろうと思います。

お待たせいたしました!

こんばんは!高尾です(^^♪

今日は突然の雨にも降られず、抜けるような青空に恵まれた一日でした☀

本日もお暑い中、クライアントさんには六本木まで足を運んでいただき、前回から本日までの間に起きたできごとや、その時々の思いなどを自由にお話しいただきました。物事を特定の方向からのみ見るのではなく、様々な角度から見てみると、一見嫌なものでも意外といいところもあるかもしれない、、ということや、そのことに気がつかないとすごくソンかもしれない、、、ということなどをあらためて感じさせられました。

さて、お待たせしておりましたが、玉置妙憂様の連続講座(2)の詳細が整いましたので、リーフレットをお届けいたします\(^o^)/


場所は昨年と同じく日本橋の会場となります。

昨年も好評でした瞑想の時間も最後に取らせていただきますので、そちらも合わせて体験されてみてください。
本年も、大切な方を亡くされて悲しみの最中におられる方へのメッセージが込められた講演をお届けいたします。また、グリーフとは?という疑問をお持ちの方にも勉強になる内容となっております。どなたかを亡くされた方だけではなく、グリーフについてもっと知りたい方、知識を深めたい方にもお越しいただきたいと思っております。
また、お近くにグリーフケアを必要とされている方がおられましたら、お声がけお願いいたします。必要な方にお届けできるよう願っております。

ご予約はhttps://www.grief-cafe.com/%e3%82%a4%e3%83%99%e3%83%b3%e3%83%88%e4%ba%88%e7%b4%84/からお願いいたします。

昨年に引き続きの方も、今年初めての方も、素晴らしい景色を眺めながら、玉置さんのこころに響く言葉の数々、そしてそこから導かれるあたたかな空間を是非ご一緒に味わいましょう(*˘︶˘*).。.:*♡

お申込をお待ちしております(*^^*)

あの日 たくさんの星がおすたか山にふった

こんばんは、高尾です。

毎年この日が来ると、あの日の衝撃を思い出します。
こんなにも暑い夏の日に、あの事故は起こったんだったな、、、と。。。

偶然にもこの日手元に届いた一冊の絵本。
『けんちゃんの もみの木』(2020年10月1日:BL出版 )
美谷島 邦子さんが文を書かれ、 いせひでこさんが絵を描いておられます。
けんちゃんは、美谷島さんの次男で当時9歳でした。37年前、生まれて初めてのひとり旅でこの事故に遭い、星となり、おすたか山にふったのです。

突然目の前からいなくなったけんちゃんを探し、ご両親のこころは迷子になってしまいました。迷いながらもこころのよりどころになることを願い、焼けただれた山の斜面に「もみの木」を植えたのです。美谷島さんはあとがきで「事故後の母親の悲しみや苦しみを、もみの木は枝を揺らし、いつも優しく迎えてくれました。もみの木と話し続けるうちに、『自分と誰かをおもいやり、一歩一歩前に』9歳のままで大きくならないけんちゃんと一緒に歩こうと思いました。」と綴っておられます。

かなしみと苦しみの中、長い年月をかけて、「けしゴムでけしても きえない日 いっしょにすごした日々の けんちゃんのかおり たいせつなものは きえない」ことに気づかれたのです。そして、やっとけんちゃんからの「サヨナラ」の声が聞こえてきたと。。。

突然のお別れは、「ありがとう」も「さようなら」も言えないまま、唐突にやってきます。美谷島さんは、そのような涙も出ないほどの深いかなしみのさなかにある人に「悲しくなったら泣いてもいい ひとりで かかえこまなくていい 立ちどまっていい」「あなたの大切な人はどこにも行かない、ずーっとずっと一緒」と語りかけたいとおっしゃっています。

3年前、美谷島さんと直接お話をさせていただく機会をいただきました。大学を卒業したその夏に、同級生をこの事故で亡くしたという私の話をじっと聴いてくださった後に一言「あなたがそうやって覚えてくれていることが、なによりも一番大切なことですよ」とおっしゃってくださいました。

亡くなった方を想う時、否が応でも自分の死に様に思いが至ってしまいます。でもそれは、決してつらいことでも苦しいことでもなく、自分が生きていることの意味、そしてその思いを抱きながら死んでいくことの意味と真摯に向き合うことのできる、貴重な時間をいただいているのかもしれません。

おすたか山のもみの木に 520のいのちがともる
かけがえのない いのちのあかり
けさないで 未来につたえたい

けんちゃんのいのちのあかりをけさないように、けさないように・・・
美谷島さんの旅は続きます。

9月は『てごね』です(*˘︶˘*).。.:*♡

こんばんは!高尾です(^^♪

猛暑日が続いたり、大雨特別警報が出たり、日本列島いったいどうなっているのでしょうか(・・;)
東京よりも沖縄の方が涼しいだなんて・・・(-_-;)

そのような暑い中、大雨の被害に遭われ避難されている多くの方々に、こころよりお見舞い申し上げます。

さて、以前よりお知らせしておりました通り、9月17日(土)にカウンセリングサロン六本木にて『てごねキャンドルワークショップ&絵本deカフェ』を開催いたします。
コロナの第7波が押し寄せておりますので、さらなる感染予防をこころがけ、皆さまには安心してご参加いただけるよう努めてまいります。

てごねキャンドルは、シリコンの型の中にお好きな色の蝋のキューブを入れていただき、そこに熱々の蝋を流し込んだ後、手の平に出してこねてまいります。
      


温かい蝋を手の平でこねてこねてこねて・・・
 

 

 

 

色が混ざり合って、こんな感じに(*^^*)

この、こねる時の感触がやみつきになってしまうくらい気持ちいい〜〜

是非、体験してみてください!!

 

詳しいお申し込み方法は、『イベント開催のご案内』をご参照ください。
9月半ば過ぎなので、猛暑が過ぎて秋の気配がちょっと感じられる頃かもしれませんね。
今年の夏のお疲れを、吹き飛ばすかのような素敵な時間をお過ごしください。
お申し込み、お待ちしております(^^)

アントニン・レーモンド氏設計 国の登録有形文化財

こんばんは!高尾です(^^♪

とにかく茹だるような暑さが続きます💦💦💦
体調を崩していることもあり、ほぼ家に籠もることが許されている状況に感謝しております(^_^;)

ようやく「何かしようかな・・・」という気分になることができたので、溜まった書類の整理を少ししてみました。

そこでまず目についたのが、母校からの寄付に関する書類。お題目は『歴史的建造物の教育的保存活用のための寄付金』。
母校は来年創立100周年を迎えます。

あの丘とは、阪急今津線の小林の駅からこの小径を登っていった先にあります。

 

 

母校のシンボルでもある三角の鐘塔を有する聖堂です。

山の上の我が家からも、日々眺めることができました。

 

1965年に竹腰健造氏の設計によって建てられたお御堂では、静かに祈りが捧げられます。

 

1930年に、茶道建築家の武者小路千家三代木津宗詮氏の設計により建設された 「茶室」。

かつて、このお茶室ではお作法の授業がありました。畳の上の歩き方や、襖・障子の開け締めなど、今でも続いているのでしょうか・・・

 

そして、こちらがアントニン・レーモンド氏の設計による本館校舎です。
毎朝、キリスト像「我に来たれ」が迎えてくれました。

ピカピカの廊下にピッカピカの真鍮の取っ手のついた扉。
そしてピッカピカに磨き上げるための真鍮磨き。何もかもが懐かしいです。

 

 

 

 

 

(写真:小林聖心女学院HPより抜粋)

ちょっと生きづらさを感じたり、日々の生活がしんどいな、、、と感じた時には、自分の来し方を振り返ってみませんか。
精一杯生きていたあの頃の自分を思い出し、その頑張りを褒めてあげましょう。それは、そこから繋がっている今の自分の頑張りにも気づけるきっかけになるかもしれません。
そして、今の自分はこれから先どういう自分でありたいのか、ということに向き合うチャンスに転ずることができるかもしれないのです。

少なくとも私は、大事なことに気づけたような気がしてきました!
母校を守るということは、自分がそこで学んだ様々な智慧や生き方の礎を、これからも大切にしながら生きていくことに繋がります。
今までは目も通さずに忘れ置かれていた書類の中には、ひょっとしたらお宝が埋まっているかもしれません。こころがちょっと敏感になっている時こそ、そういったこころの機微に触れるチャンスが転がっているかもしれませんよ!!

体調を崩した時こそ、何でもかんでも味方につけながら、少しずつ本来の自分を取り戻していきましょう(*^^)v

 

 

 

休むのも楽じゃない^^;

こんにちは!高尾です(^^♪

梅雨に戻ったかのようなお天気から一転、夏らしいお天気が続きます☀
暑いけれども、ギラギラ太陽と蝉の声、どこからともなく漂ってくる蚊取り線香の匂い、、、やっぱり夏はこうじゃなくっちゃ!!と思いながらも、汗だくになってフーフー言ってます😆

さて、10時からほぼほぼ21時頃までの連続勤務💦
頑張ってはみたものの、やっぱり歳には勝てず(;_;) 体調を崩してしまいました。
病院に行くと「何はともあれ、今は身体を休めましょう」と、ドクターストップがかかったものの、『休む』ことも、これまたやってみると意外と難しい(-_-;)

昔からじっとしているのが苦手で、ここ10年ほどは座る間も惜しんでチョロチョロ動き回る日々。さすがに身体にダメージを受けるとそこまでは動けないけれども、忙しさに負けてしまった自分をなんとなく受け止めきれず、こんなはずじゃなかったのに・・・と思い悩む日々。。。
どうやったら、ゆっくりのんびりまったりと心身を休めることができるのでしょうか。
グリーフケアに来られる方々には、「ご自分をまず大切に」と言い続けてきたのに、「ストレッサーからまず離れましょう」とも言い続けてきたのに、自分のこととなると、この有様で・・・お恥ずかしいかぎりです(。>﹏<。)
そして、これらのこと、実現するには一人ではなかなか難しいということも、自分ごととして体験いたしました。

以前にも、「会いたい」と言ってきてくれたご友人には、無理のない範囲でほんの少しでも構わないから、なんとか時間を作って会ってさしあげて欲しい、ということをお願いいたしました。
それは、SOSを一生懸命出してみても、そこで拒絶されてしまうと、さらなる二次被害が襲ってきてしまうからです。
こんなに苦しい時にでさえ簡単に拒絶される私って、果たして存在し続ける意味があるのだろうか?
そして逆に、ほんの少しでも話しを聴いてさしあげるだけで、救えるいのちがあるのかもしれない、、、ということ。

コロナ第7波で会うことが難しいとしても、「なにかあった?」の一言で救われることもあるのです。電話でもLINEでも構わないので、もしも、話を聴いて欲しい相手として選んでもらえたのならば、その願いを叶えてさしあげてください。
ただし、もしもその人があなたにとって大切な存在の方だったら・・・ですけれども。。。

平野啓一郎氏の小説『空白を満たしなさい』(2012年 講談社)。
何年か前に読んだ小説が、NHKでドラマ化され驚いています。
ちょっと現実離れしたお話なので、まさか映像になるとは思ってもいませんでした。
これもまた、苦しいものがたりです。
自死でいのちを絶った男の、生き返りのお話です。自分が自死で死んだことをどうしても認めたくない主人公。自分のせいで夫が自死したのではないかと苦しむ妻。

その中で語られた「どうやって死ぬかなんて、たかがひとつの行いではないですか」「その死に方が、全人生を否定するわけではない」というセリフ。
しかし、その死に様によってその人の人生を一色に染めてしまうほど、『死』は傲慢に攻めてくるとも語られています。
そして、自分の中にはたくさんの自分がいて、その中の「もうだめだ、いなくなってしまいたい」という自分を、生きたい、生き続けたいと願っている自分が消し去る行為が自死なのではないかというストーリー。自分という人間を、たったひとつの個人としてではなく、あんな自分もこんな自分も存在し得るという、分人として捉えるという考え方。
人生を終わりにしたくて自死するわけではなく、人生を終わりにしないための自死。そういう考え方もあるのかもしれない、と、先日ここで紹介させていただいた詩人谷川俊太郎氏の「ぼく」ともちょっと違う、、かな、と思いつつしんどいながらも観ています。

この小説のように、自分が死んでしまった後にこの世でその意味を問うことはできないけれども、だからこそ、生きている今ここで、生きるとは?死ぬとは?自分にとって幸せとは?と問い続けながら生きることの意味を深く考える機会をくれている小説なのではないかと思うのです。

いろいろな人生があり、いろいろな考え方があって当然だと思います。しかし「その死に方が、全人生を否定するわけではない」という思いは、どのような死に様にも通ずるものであって欲しいと願っています。