こんばんは。高尾です。
今年も8月12日が巡ってまいりました。
41年目の夏。
なんという長い年月が流れたことでしょうか・・・
このブログにも、この日のことを何度も綴ってまいりました。
でも、喪われた命は二度と戻ってきてはくれませんでした。
絶望的な状況の中で、最後まで諦めずに操縦管を握りしめていた機長の音声が残されていました。自分に託されているたくさんのいのちを絶対に守る、守るんだという強い意志の感じられる音声でした。背後で流れている異常を知らせるサイレン音がいまだに耳の奥に残っています。
この事故以降、空の安全が確実に守られてきているのは、航空会社の二度とこのような事故は起こさないという絶え間ない努力と、犠牲になられた多くの方々の魂の祈りでもあるのだと思うのです。
犠牲になった同級生の葬儀の最中、頭上を鶴のマークの飛行機が当たり前のように飛び交っていたこと、この時期の大阪は恐らく猛暑だったに違いないのに、暑さなど全く感じなかったこと、そしてそれとは逆に、靴を履いていても感じられた足裏の焼け付くような熱さを決して忘れることはないでしょう。
忘れないこと
41年という年月は長いです。
子どもを喪ったかなしみを抱えながら生ききった親御さんや兄弟姉妹の皆さまの多くが、ひょっとしたらあちらの世界で再会を果たしているであろうほどの、長い年月です。
この世でこの出来事を忘れずに生きておられた方が、少しずつあちらへと移られているとしたら、この世でまだ生きている我々がこの事故を決して忘れないこと、それがグリーフを抱えながらも生きておられるご遺族の方々へ向けての、我々にできる唯一のグリーフワークなのだと思います。
この日だけではなく、これからも毎日いつまでも永遠に、山への祈りは捧げ続けられます✞
犠牲になられた方々の御冥福をこころよりお祈り申し上げます。
そしてご遺族の方々が、かなしみの中にあってもこころ穏やかな日々を送られることを願っております。








そして、赤いポストにはお便りがたくさん投函されており、大切な方に想いが届きますようにと、手紙寺にお納めいたしました。
桜が散り、モッコウバラが咲き乱れ、そして藤棚の藤の花が滝のようにきらきらと流れています。



女子大らしいきめ細やかな準備がなされていて、とても居心地のいい空間でした。
帰り際、ふと振り向くと40年程前には毎日眺めていた光景が。いつ来ても当たり前のようにそびえ立つ大樹。
あの頃駆け上がっていた長い長い階段で息が切れてしまう自分を残念に思いながらも、それでもここに時折戻ってこられる幸せに、とても温かい気持ちになれた時間でした(*˘︶˘*).。.:*♡
いつもお世話になっている大家さんやご近所さん、カフェのスタッフ、絵本の朗読の先生など、大勢のお客さまに楽しいおしゃべりとともに楽しんでいただきました。 





