最終面接、終了しました\(^o^)/

こんばんは!高尾です(^^♪

今日は、なんとあたたかいこと!!まだ2月なのになぁ・・・と思いながらも、ポカポカ陽気を思う存分楽しむことのできた1日でした。

先週末、久しぶりに大学院を訪ね、修士論文の最終面接を受けてきました。前日に読み返そうと思ったものの、あまりにも長すぎてヘトヘトになってしまいました。まだまだ未熟なところはたくさんありますが、今の時点でできることはやり切ったという思いが、今の自分を支えてくれていると思っています。そして、1年ぶりにクラスメートと再会✨サロンにお招きして、今後の展望など、様々な話に花が咲き乱れました❀❀❀

さて、合格できるかどうかは先生方のご判断なので私にはわかりません。私が今でき得ることと、院が求めることが食い違っていれば、もちろん不合格で後1年修正を重ねることになると思います。でも、そうなった場合には潔く退学して、グリーフケアに専念したいと思います。多分、これ以上のものは、今の私には無理・・・だと自分でわかっているからです。。。
とはいえ、卒業式のガウンのサイズだとか、製本用の申請書だとか、、、卒業ありきの雰囲気が満ち満ちていて、そこにはやりきった感漂う「卒業見込み」の人たちが集っていました。
年齢は違えど、共に頑張った人たちに「おめでとう!!」と思いっきり叫びたい気持ちで院を後にしました。

今週も新規の方が来られる予定です。人生には思いもよらないことが起きてしまうわけで、幸せだった時間がどんなに切望しても掌から零れ落ちてしまいます。今、どんなにか辛い思いで日々を過ごされているのだろう、、、と想像するだけで胸が苦しくなってしまいますが、強張ってかたくなってしまっている心身を少しでも緩めていただき、ご自分の物語をリラックスしてお話いただける場所を準備して、お待ちしようと思います。

Be-ingを始めてからずっとですが、私は来室してくださる皆さんから学ばせていただくことがとても多いです。押し寄せる波に足元をすくわれそうになりながらも、何度も通ってきてくださる方がたくさんいらっしゃいます。あれもできたよね、これもなんとかね、では今度はこれをやってみましょうか・・・と、お一人お一人が異なる道を歩まれています。今ここで共有している時間や思い、できごとは、誰かに評価されるものではない、ということを、共に苦しくて悲しくて辛くて泣きたくなったり、一緒に笑ったりという時間を過ごす中で、皆さんから教えていただきました。そして、その方々からいただく言葉のひとつひとつが、私に元気と勇気、そしてここに私がいることの意味を与えてくださっているのです。
大学院でも大切なことを教えていただきました。Be-ingで皆さんから教えていただくことと、院で先生方から教えていただいた理論を融合させながら、グリーフケアを必要とされている方にちゃんと届きますように、と祈るばかりです。

サロンにはとても「いい気」が流れています。なぜか、訪ねてくださる方皆さんがそうおっしゃいます。どんなに苦しくとも、たとえ孤独であったとしても、そこに狡さや媚といったものが流れ込まないように、私自身がそういった「悪い気」に引き込まれないように、そういうものが流れている場所とは距離を置きながら、皆さまの前ではいつも正直であり続けたいと強く願ったこの週末でした(*^^*)

非常に悪意の感じられるアクセスが検知されましたので、私も含め、アクセスしていただいた方々の安全を担保するため、1部ブログを非公開とさせていただきました。詳細がわかり次第元に戻しますので、しばらくお待ち下さいm(_ _)m

5年目に入る前に、ようやくネームプレート(表札)を作ることができました!もう、迷わずにお越しになれると思います(*^^*)

お待ちしております!!

キラキラした時代を共有できる仲間がいてくれることの幸せ✨

こんばんは!高尾です(^^♪

今日は風が冷たくて、真冬に逆戻りしたような寒い1日でした(。>﹏<。)
でも、週末はまたポカポカ陽気だとか☀
今週末は、修士論文の「最終試験」です。主査と副査、3人の教授を前にどう戦うか。。。まぁ、余力があればですけれども・・・^^;

断捨離のおかげで、大学時代の貴重なカセットテープが出てきました♫
でも、今どきカセットテープを聴くデッキがない(-_-;)ことに気づき、捨てるしかないか〜と残念に思っていたところ、そのデッキ(というにはとっても小さなものが)届きました\(^o^)/

テープが伸び切ってるかと思いきや、全く遜色のない音色にビックリ(*_*)
記憶が30数年余りを一気に遡り、あの頃のキラキラ✨していた自分たちが蘇ってきました。どうしても誰かと共有したくて、大学時代のギタアン(ギターアンサンブルクラブ)仲間にお届け!!ついでに当時の写真の山もスキャンしてファイルし、それもオマケでつけてみました。
すると、にわかにグループLINEが盛り上がり、気持ちはすっかり女子大生。あんなこともあったね、だんだん思い出してきたよ〜〜、あの頃私たち頑張ってたよね、若いってすごいよね、そうだね、キラキラしてたよね、、、などなど。。
花の女子大生の日常から遠く離れたクラブ一色の日々。すごくしんどくて辛くて、それでも逃げ出さなかった。すごく大変だったけど、でもすごく楽しかった。そんな、キラキラしていた頃の自分たちのことを、言葉などなくても、説明などしなくとも、写真1枚、メロディーワンフレーズで、その記憶を共有できて、遥か昔まで一気に舞い戻ることのできる仲間がいてくれること、それがこんなにも幸せなことだなんて、あの頃は想像もしていませんでした。この歳になって、こうやって歳を重ねて初めて、味わうことができたのだと思います。あの頃一緒に頑張って、共に笑ったり泣いたりした大事な仲間たちが、今も側にいてくれて自分を支えてくれていることに、こころから「まいった!」「ありがとう!!」と声を掛け合うアラ還の私たちでした(*^^*)

ラテンステージ💃

開園当時はガラガラ

 

 

今はしんどくて辛いことも、何年か、何十年か先から振り返った時に、同じような気持ちでいられるように、まだまだ頑張ってみようかな、という底知れぬパワーが湧き上がってくるのを感じることのできた、夢のような出来事でした♪♪♪
これも断捨離効果???かもしれません。
今を精一杯頑張っていれば、大切な大好きな仲間に囲まれてさえいれば、きっとステキな未来が待っていると信じましょう(*˘︶˘*).。.:*♡

情も深すぎると・・・

こんばんは!高尾です(^^♪

2月とは思えないような、暖かく穏やかな1日でした。

昨日はケアとケアの間に時間があったので、その間にクリニックに出勤し、患者さんへお薬や処方箋を送る作業を済ませました。それでも少し時間があったので、誘惑に負けて・・・行ってしまいました(-_-;)

本を読みながら、とろけるようなわらび餅をいただきました。きな粉が香ばしくて、その味わいを際立たせています(๑´ڡ`๑)

次回は、季節限定のコレにチャレンジしてみようと思います\(^o^)/

 

 

気持ちがちょっとざわついたり、波打ったりする時は、目にも美味しい「おやつ」が、私には1番効きます。ひとそれぞれ、そういう効果バツグンのなにかを効果的に活用したいものです。
というのは、単なる言い訳^^; ただ単にスイーツ好きな私の、贅沢な時間でした((*˘︶˘*).。.:*♡

四十九日の意味を、今日義母の法要で訪ねたお寺さんのご住職が、お話ししてくださいました。この49日間は、亡くなった方があの世へ旅立つための準備期間だそうです。毎日お線香を立ててお祈りしていたので、おそらくは、無事に極楽往生が叶ったのではないかと思っています。

そこでひとつ興味深いお話を伺うことができました。
「愛情も深すぎると、愛着となり、執着となる」そうです。だからこそ、手放すことも大事。そうすることで、執着することなく、亡くなった人が安心して極楽浄土へと旅立っていくことができるそうです。

なるほど、そういう考え方もあるのだな・・・と。。。
それは、「忘れましょう」ということでもなく、「嫌いになりましょう」ということでもありません。ただ、愛する方が亡くなったこと、この世ではもう2度と会えないことを受け容れ、愛情に片をつけて、きちんと自分の中のどこかの引き出しに片付けることだと思うのです。それは、開けっ放しでもなく、鍵をかけてしまうのでもなく、開けたいときにはいつでも自由に開けることのできる引き出しです。その引き出しに片付けられたことを確認することによって、亡き人は安心して、あの世から見守ることができるのかもしれません。

必要以上の情が残っていると、それは執着心と化し、「あの時もっと〜〜できたのに」→「できたはずなのに」→「できたに違いない」となり、できなかった自分を責め続けることになってしまいます。それはあまりにも苦しい。。。なぜなら、過去をやり直すことはできないからです。でも、起きてしまった出来事を変えることはできませんが、捉え方を変えることはできます。できなかったことへの執着心を手放すと、「できなかったこと」よりも、「にもかかわらずできたこと」へと目先が向いていき、できる限りのことをその都度判断しながらやってきたことに気づけると思います。

自分が自分らしく笑顔で生きていくに必要な分だけの愛情を携え、それ以上のものは形を変え、場所を変えて、あるべき場所にあるべき姿で片付ける。グリーフワークの中でも、とても大切なプロセスだと捉えています。考え方の癖を変えることは決して簡単ではありませんが、ひとりではなくケア師がご一緒ですから、安心して臨んでいただければと思います(*^^*)

昨日、冷凍の鶏が丸々一羽分届き・・・

この人の手にかかり、こんなふうになりました!

ごちそうさまでした!

対価をいただくことの意味 〜真のボランティア企業をめざして〜

こんばんは!高尾です(^^♪

今日は寒かったですね(。>﹏<。)
ベランダでお洗濯物を干しながら、思わず「お〜〜サブ」と、口から飛び出すほど・・・でも、その分よく乾きましたけど。。。(*^^*)

日本ホリスティック医学協会の会誌に載せる原稿の校正確認が、無事に終わりました。会誌の4ページ分。読んでくださる方々がグリーフケアのことをよくご存知かどうかもわからないので、わかりやすく、伝わりやすいように・・・

普段、グリーフケアに関して語り合う人はあまりいません。研究所のクラスメートとも、もう、会うことはないかもしれません。みんな、自分のことで精一杯なのだと思います。もっと横の繋がりを大切にしたいと思うのですが、会社を立ち上げ、カウンセリングの対価をいただいている「Be-ing」に対して、どちらかというと冷ややかな眼差しが向けられています。2年前の研究発表会の時、Be-ingの活動報告発表をした私に向けて、司会をされていたある先生が全員の前で言われたのです。「グリーフケアは、お金を取るべきではない!」と。「可哀想な人からお金をとるなんてとんでもない」ということなのだと思います。

でも、以前にも書いたことがありますが、大切などなたかを喪った人は、本当に「可哀想な人」なのでしょうか?「悲しんでいる人=可哀想な人」ではないと私は思うのですが・・・残念ながら、研究所の考えはそうではないようです。

無償で働き続けることはとても難しいです。無償で働きながら、そのための勉強を続けることは、もっと厳しくしんどいです。でも、我々グリーフケア師には、それが求められている、というのが厳しい現実なのです。

しかし、グリーフサポートの現場にいると、クライアントさんの思いは研究所の考え方とは少し違っているように感じられるのです。自分が一生懸命働いたお金の中から5000円を出して、月に1回カウンセリングサロンに来て思いを語ることが、生きていく上での支えとなり、エネルギーとなっていると話してくださる方が多いのです。可哀想だと思われたくない、亡くなった人のことも可哀想だと思いたくない。そのことに気づけた場所であり、それでも、たとえまた辛くなったとしても、「自分にはこの場所があるから大丈夫!!」。そう言っていただけることが、私にとっては対価をいただくこと以上に価値があり、嬉しいことなのです\(^o^)/

Be-ingは、利益を追求する企業ではありません。いただいた対価は、社の利益としてではなく、みなさまに還元するために使われます。職を喪って、支払いが難しくなってしまったクライアントさんが、続けてケアを受けるための補助金として使われることもあります。また、セルフケアのためのワークショップや講演会は、たとえ赤字になったとしても、参加してくださる方々に笑顔になっていただくために、その中から補填しながらずっと続けていきます。そして、今はご依頼をいただくことはありませんが、いつか悲しみの現場に赴く機会をいただけるとしたら、その時はもちろん無償ボランティアとして、みなさまからいただいた対価を社会に還元させていただきたいと思います。
税理士さんには、それは企業としてはちょっと・・・と言われてしまいますが、「それでいいんです。利益を得るための企業ではないので」と胸を張って言えるようになりました。真のボランティア企業であるために、そして、クライアントさんと対等に向き合うために、このような在り方があってもいいのではないか、、、と思っています。

ただ・・・
無償であるか、有償であるか、どこのカウンセリングルームに行くか、それはクライアントさんご自身が、ご自身の意思で決めることであって、我々が「〜〜であるべき」などと決めつけることではないと思っています。それは我々の自己満足であり、そして傲慢でしかない、、、、と思うからです。

 

あまり語り合う相手はいませんが、先日その数少ない大切な仲間のひとりと会う機会がありました。大学時代に出会った彼女と、何十年もの年月が巡りに巡った後、グリーフケアを通して再会することができました。グリーフケアをもっと知ってもらいたい、もっと寄り添える自分になりたい、、、そんな思いを語り合いながら、私自身エネルギーを注入してもらいました。ケアされるってこういうことなのだと実感しました。だからこそ、「ひとは癒やされて初めて、どなたかを癒やすことができる」のだと思うのです。  

断捨離の極意

こんばんは!高尾です(^^♪

アッという間に1月が終わってしまいました。
そして、コロナが私たちの生活に入り込んできてから1年が過ぎようとしています。
今までの生活が一変してしまいました。
会いたい人と行きたい所に行くことも、美味しいご飯を食べながら楽しいおしゃべりをすることも、我慢ガマンの1年でした。
2回目の緊急事態宣言が発令される中、入試も始まっています。ピアノのレッスンをお休みして頑張っている生徒たちに思いを馳せ、どうかこのような状況下にあっても、持てる力を発揮できますように、、、と祈る日々です。

コロナ渦にもかかわらず、カウンセリングサロンには、今年になってからも新規の方が何人もお越しになっています。
悲しい気持ちが少しでも和らぎますように・・・と、テーブルの上に可愛らしいサボテンを飾ってみました。

あたたかいキャンドルの灯りと真っ赤なサボテン。
今月はストロベリーのお紅茶。
そして、心地よいピアノのBGM。

視覚、嗅覚、聴覚・・・こころが少しずつ緩んでいくのがわかります(*^^*)

みなさん、ご自分で語りながらなにかに気づかれ、ちょっとだけ荷物をおろし、少し軽くなった足どりで帰っていかれました。

 

終活の一環として始めた、身の回りのモノたちの断捨離。やってみるまでは、「ただ物を捨てるだけ」と思っていましたが、やってみるとそれだけではないことに気づかされます。

息子たちの諸々のモノを片付けながら、すっかり忘れていたあの頃のことをたくさん想い出しました。今では、一人で生まれてきて一人で大きくなり、勝手に巣立っていった、、、かのように振る舞っている彼らですが、幼稚園の先生からの連絡帳の文字を追ってみると、「お母さんの姿が見えなくなると、突然不安になる〇〇ちゃんでした。」などと書かれています。
そうか、そうだったな。どんなに偉そうにしていてもあの頃は、私がいないとなんにもできないくらい小さくて弱くて儚げな存在だったんだよな。だから、彼らのいのちを護るために、私自身も必死で生きていたんだったな。そして、精一杯愛していたし、愛されていたんだな、と。だから、大丈夫!これでいいんだよ、と。。。
やっと、自分の存在や生きてきた意味を認められたというか、受け容れられたというか・・・なんだか、とっても気持ちが楽になりました。

断捨離とは、こうやって、ひとつひとつモノを掘り起こしながら、生きている意味、生きてきたことの意味を噛みしめていく作業なのかもしれません。だから、ただ捨てるだけではなく、拾い上げながら手放していくことなのだと感じています。モノを手放すことの代わりに、ちゃんと胸に刻んでいく作業なのでしょう。そうすると、自分が自分一人で生きてこられたわけではなく、周りの人たちの存在によって生かされてきたことにも気づかされ、なんとなく、優しい気持ちになれるのです。感謝・・・なのでしょうか。。。

それにしても、なんでこんなモノたちを今まで後生大事に取っておいたのかと思うほどの、モノの山です。まだまだ続きますが、ちょっとずつ、私も荷物をおろしながら、身軽になりたいと願いながら頑張ってみます💪

コロナで気持ちも重いですが、身体も重い^^;
ということで、今日は糖質制限された材料を使って2品作ってみました。

 

 

何があってもパンはやめられない(^o^;)

そして、バレンタインのプレゼント💟 

ラムレーズンサンドです\(^o^)/

 

 

 

明日から2月です。
未来の私たちが笑っていられるように、自粛生活を受け容れながら、楽しみを見つけながら、もう少し、もう少し・・・

抱えるものを減らしてみると

こんばんは!高尾です(^^♪

先週末は、久々に耳がキーンと痛くなるような寒さでこたえましたが、今日は暖かで穏やかな1日でした。

 

 

そんな日差しに誘われて、コタと少し遠回りをしながら30分ほどお散歩してきました🐾

 

1月30日締切のものがふたつ。ひとつは修論の最終提出、そしてもうひとつは、日本ホリスティック医学協会から依頼された寄稿文。

修論の方は、昨年の大晦日に主査から修正箇所の連絡が入り、お正月返上で修正しました。12月にやっとの思いで提出した論文ではありましたが、それで終わりではなかったようで・・・💦副査の先生方からも、厳しくも温かいコメントをたくさんいただき、なんとか最後の力を振り絞って書き上げました。早く解放されたいという気持ちが強かったのでしょうか。。。松の内が開けると同時に提出してしまいました\(^o^)/

寄稿文は「寄り添いのまなざし」というテーマでしたが、修論とも重なる部分が多かったので、一気に書き上げ、同じく締切よりかなり前にポチっと送信しました。担当の方からは、「言葉の一つ一つが心にジーンと響く素晴らしい原稿でした。」と言っていただき、とりあえず、見当違いの内容ではなかったことにホッとひと安心しているところです。

先延ばしにしようと思えばできるものを、今回はなぜかサッサと片付けることができました。なんとなく、、、間際になってイライラと焦る自分が嫌だったからかもしれません。いや、終活(のようなもの)を始めてみて、もう、なるべく背負うものを増やしたくない、少しでも荷を下ろしたい、と思ったからかもしれません。
実際早め早めにやってみると、時間的な余裕があるせいか、いろんな思いや言葉が浮かんでくるのでした。そして、いつまでも手元に置かず、「ここでおしまい」と思い切って気持ちに片をつけて手放してみると、なんとも清々しいというか、晴れ晴れしいというか、そんな気分に浸れるのでした\(^o^)/

部屋の片付けは、物理的なスペースが生まれ、目に見えてスッキリします。けれども、こういう目には見えないけれども、自分のこころのスペースを陣取るものこそ意識して片付けたいものです。ズルズルと期限まで引きずらずに早めに終わらせ、未練を断ち切り手放してみると、その後に生まれたこころのスペースからは、なんともいえない、生きるエネルギーのようなものが感じられるのです。

いろんなことを先延ばしにして、自分の抱えるものをどんどん増やしていくことは、若い頃はそれが生きるエネルギーとなっていたのかもしれないけれども、今の自分にはちょっとしんどいかな・・・と思うようになりました。
「今できることは、明日じゃなくて今日やる!」という生き方。それは、いつ訪れるかわからない「その時」になって慌てない、後悔しない生き方、、、に繋がるのではないでしょうか。

立つ鳥後を・・・

こんばんは!高尾です(^^♪

今日は本当〜〜に寒かったですね(。>﹏<。)
風が冷たくて、私的にはこの冬1番の寒さでした。

 

 

コタも温かいお布団の中が大好きなようで。。。

 

緊急事態宣言が発令されて、2週間近くがたちました。が、、、、街も電車もお店も人で溢れています。感染に対する温度差がありすぎるのでしょうか・・・自分のいのちも、自分以外の人のいのちも、この世にたったひとつしかないのに、どうして今、この時、外出や会食を我慢できないのでしょう・・・
きっと今、私たちは、それぞれの人間性を試されているのだと思います。

昨年末、後もう少しで大晦日という日に、義母が亡くなりました。それぞれの親、4人全員を見送ることとなりました。
私の母が亡くなってから10年が経ち、私自身も10歳年を重ねて、親の死に対し、あの時感じたものとは少し違った思いが胸を過りました。10年前は、死はどこかひとごとで、自分からは遠いところにあるものだと感じていました。でも10年が経って、少しずつ足音が近づいてきているようにも感じるのです。
自分が死んだ時、誰かのお世話にならなければならないことは避けられないでしょう。でも、できれば、立つ鳥後を濁さず、美しく綺麗にこの世からいなくなりたいと願う気持ちが湧いてきたのです。

そこで、今年の目標を「終活の第一歩」と定めました!!
すでにゾクゾクと、家の中を占拠していたモノタチに退場してもらっています^^; 実家から引き上げてきた両親のもの、自分のもの、そして家族のもの、、、やり始めたらキリがありませんが、これからの自分の人生にとって必要かそうでないかをその都度思い巡らせながら、手放すか手放さないかを決めていこうと思います。手放した後にできた空間は、とっても清々しいです(*^^*)
そして、自分の大好きな場所であったり、空間だったりで、これからの日々を気持ちよく過ごしていきたい、というのが、年頭の願いです。

慌ただしく過ごしていた年末でしたが、義母の死で突然時が止まりました。予想もしていなかったできごとが、ゆっくりとした時間を運んできてくれました。誰かの死は、こうやって、家族の絆を再び感じさせてくれるものなのかもしれません。

まだまだ長い「おうち時間が」が続きます。身体は重く、お肌はカサカサ(T_T)なんてことないですか?
私はどちらも、、、です(^o^;)

で、以前にもご紹介した「ジェラテリア」からお取り寄せ(*˘︶˘*).。.:*♡その名も『Beegan 美肌モンスター』
6~8時間後にはお肌に変化が・・・だそうです!

そして、毎日食べても太らない。。。なんて、夢のようなジェラートなんです\(^o^)/

夢のようなお味は、甘酒のような胡麻のような・・・ちょっと大人な感じ✨

緊張感を保ちつつも、おうち時間を少しでも楽しめるものを取り入れて、その緊張感を緩めてあげることも忘れずに、嵐が過ぎゆくのを待ちたいと思います。

今年はどんな年になるでしょうか・・・

こんばんは!高尾です(^^♪

2021年が始まりました。

新年、あけましておめでとうございます。

始まったのはいいのですが、緊急事態宣言が発令されてしまいました。
しかし、どうしてこうも後手後手・・・(-_-;)
ここまで感染者が増えてしまったら、そして、ここまで国民の気持ちが緩んでしまったら、、、今更、、、感が拭えません💦
せめてクリスマス前、年末年始にかけて先手を打っていれば、ここまで状況が悪くなることはなかったかもしれません。自分はかからないかもしれない(かかりたくない)、というかすかな願いが消えてしまいそうです。

ワクチンも治療法もない感染症が流行っているのに、どうしてGo to トラベルやGo to イートを推奨したのか???経済を動かすことも大事。でも、それを動かす人の命が脅かされてしまっては、元も子もないのに。。。
そして、こんなにも医療が逼迫しているのに、まだまだ大丈夫と高をくくったのはなぜなのか・・・謎だらけです(*_*)
昨日、涙ながらに訴える医師の姿を見て、自分がもしも感染したら、いったいどこの病院が受け入れてくれるのだろうか、と急に不安になってきてしまいました。

今、私たちにできることは何でしょうか?Be-ingに来られる多くの方が言葉にされる、「あの時、あぁすればよかった。そうすれば、こんなことにならなかったのに。」の「あの時」が今なのだと思います。当たり前のように来ると思っていた将来が脅かされている今、「今この時」だけではなく、少し先の将来に目を向け、たとえ本意ではないことであったとしても、受け容れていくことが必要なのではないかと思います。

Be-ingでも、緊急事態宣言が発令されている間は、金曜日の19時からの枠を閉じさせていただくことにいたしました。土曜日の午後の枠を開けてありますので、今までお仕事帰りに来られていた方も、大変申し訳ありませんが、しばらくの間、土曜日の午後にご予約を入れていただけますよう、よろしくお願いいたします。

今できることを精一杯やり続けること。
そのことを、一人ひとりがしっかりと意識すること。
将来笑っていられるために、今私たちにできることは、これしかないのかもしれません。

 

年内終了です!

こんばんは!高尾です(^^♪

毎年思うのですが、クリスマスの飾り付けは楽しいけれども、片付けるのはとっても寂しい、、、ですね。
午前中に自宅の片付けをし、午後はカウンセリングサロンのお片付け。

 

すっかり片付いたところで、今年最後のグリーフケアでした。

 

今年は、年初に芝虎ノ門の新しいサロンに移転し、気持ちも新たに新体制での幕開けとなりました。しかし、1月末からジワジワとコロナ感染者が増え始め、春先には緊急事態宣言が発令されたため、4月5月と閉室せざるを得ませんでした。6月の再開後も、来室を控えられるクライアントさんが多く、サロンは静まり返っていました。
3月の玉置妙憂さんの講演会は、5月に延期したにもかかわらず、残念ながら中止となり、4月のキャンドルワークショップも断念しました。
そして、やっと開催することのできた7月の「なつぞらキャンドル・ワークショップ」。皆さま本当に楽しそうに、それぞれの夏色キャンドルと手ごねキャンドルを作り上げました(*^^*) その笑顔が忘れられません。

10月以降はコロナ疲れのせいでしょうか、少しずつ戻って来られる方が増え始め、それと同時に多くの新規の方にも来ていただくことができました。
悲しいできごとは、できればない方がいいに決まっています。でも、起きてしまったとしたら、そのできごとをなかったことにするのではなく、しっかりと、その悲しみと向き合うことが大切なのではないかと思います。悲しみは、決して振り払うものではないと思っています。悲しみでしか開くことのできない扉の向こう側にあるものを、対話することにより、一緒に探していくことが「グリーフケア」の醍醐味なのです。

悲しいお話なのに、なぜかこころがポッとあたたかくなる、そんな不思議な気持ちにさせてくれる場所がここにあります。今年もたくさんの涙と笑顔が溢れた場所でもありました。
どうか、お一人で抱え込まないで、Be-ingの扉を開けてみてください。

来年もここ、同じ場所で、お待ちしております。

 

遅ればせながら・・・✞

こんばんは!高尾です(^^♪

遅ればせながら、、、
クリスマス、おめでとうございました🎄

今年は、とても穏やかで暖かなクリスマスでした。

 

 

そして、♪Silent Night♪
静かな、とても静かな聖夜を迎えることができました。

それでも、昼間は大奮闘^^;

リモートのお昼休みと、就業後に汗だくになって💦
泡立てて、泡立てて、泡立てて・・・
初めてにしては上出来でしょうか。。。

 

 低温調理器におまかせ

今年もこうやって無事に、キリスト誕生を祝うことができたことに感謝するとともに、来年は少しでも、当たり前のことが当たり前にできる世の中になりますようにと、祈らずにはおられませんでした✞

今月のBe-ingは、新規の方が多かったです。
「探して探してやっとここを見つけたけど、本当に来て、来られて、よかった。」と言っていただけたこと、辛く苦しいお話を涙を流しながらしていただけたこと、会えてよかった、勇気をもらえた、と言っていただけたこと。。。その言葉のひとつひとつが、私自身がこの仕事をやらせていただいていることの意味となり、慰めとなっています。

初めて来られる方にも、毎月来られる方にも、久しぶりに来られる方にも、どの方にとっても、ここが来年も又、「あそこがあるから私は大丈夫(*˘︶˘*).。.:*♡」と思っていただけるような、あたたかな場所であり続けられますように、と、心より願っております。