アントニン・レーモンド氏設計 国の登録有形文化財

こんばんは!高尾です(^^♪

とにかく茹だるような暑さが続きます💦💦💦
体調を崩していることもあり、ほぼ家に籠もることが許されている状況に感謝しております(^_^;)

ようやく「何かしようかな・・・」という気分になることができたので、溜まった書類の整理を少ししてみました。

そこでまず目についたのが、母校からの寄付に関する書類。お題目は『歴史的建造物の教育的保存活用のための寄付金』。
母校は来年創立100周年を迎えます。

あの丘とは、阪急今津線の小林の駅からこの小径を登っていった先にあります。

 

 

母校のシンボルでもある三角の鐘塔を有する聖堂です。

山の上の我が家からも、日々眺めることができました。

 

1965年に竹腰健造氏の設計によって建てられたお御堂では、静かに祈りが捧げられます。

 

1930年に、茶道建築家の武者小路千家三代木津宗詮氏の設計により建設された 「茶室」。

かつて、このお茶室ではお作法の授業がありました。畳の上の歩き方や、襖・障子の開け締めなど、今でも続いているのでしょうか・・・

 

そして、こちらがアントニン・レーモンド氏の設計による本館校舎です。
毎朝、キリスト像「我に来たれ」が迎えてくれました。

ピカピカの廊下にピッカピカの真鍮の取っ手のついた扉。
そしてピッカピカに磨き上げるための真鍮磨き。何もかもが懐かしいです。

 

 

 

 

 

(写真:小林聖心女学院HPより抜粋)

ちょっと生きづらさを感じたり、日々の生活がしんどいな、、、と感じた時には、自分の来し方を振り返ってみませんか。
精一杯生きていたあの頃の自分を思い出し、その頑張りを褒めてあげましょう。それは、そこから繋がっている今の自分の頑張りにも気づけるきっかけになるかもしれません。
そして、今の自分はこれから先どういう自分でありたいのか、ということに向き合うチャンスに転ずることができるかもしれないのです。

少なくとも私は、大事なことに気づけたような気がしてきました!
母校を守るということは、自分がそこで学んだ様々な智慧や生き方の礎を、これからも大切にしながら生きていくことに繋がります。
今までは目も通さずに忘れ置かれていた書類の中には、ひょっとしたらお宝が埋まっているかもしれません。こころがちょっと敏感になっている時こそ、そういったこころの機微に触れるチャンスが転がっているかもしれませんよ!!

体調を崩した時こそ、何でもかんでも味方につけながら、少しずつ本来の自分を取り戻していきましょう(*^^)v

 

 

 

休むのも楽じゃない^^;

こんにちは!高尾です(^^♪

梅雨に戻ったかのようなお天気から一転、夏らしいお天気が続きます☀
暑いけれども、ギラギラ太陽と蝉の声、どこからともなく漂ってくる蚊取り線香の匂い、、、やっぱり夏はこうじゃなくっちゃ!!と思いながらも、汗だくになってフーフー言ってます😆

さて、10時からほぼほぼ21時頃までの連続勤務💦
頑張ってはみたものの、やっぱり歳には勝てず(;_;) 体調を崩してしまいました。
病院に行くと「何はともあれ、今は身体を休めましょう」と、ドクターストップがかかったものの、『休む』ことも、これまたやってみると意外と難しい(-_-;)

昔からじっとしているのが苦手で、ここ10年ほどは座る間も惜しんでチョロチョロ動き回る日々。さすがに身体にダメージを受けるとそこまでは動けないけれども、忙しさに負けてしまった自分をなんとなく受け止めきれず、こんなはずじゃなかったのに・・・と思い悩む日々。。。
どうやったら、ゆっくりのんびりまったりと心身を休めることができるのでしょうか。
グリーフケアに来られる方々には、「ご自分をまず大切に」と言い続けてきたのに、「ストレッサーからまず離れましょう」とも言い続けてきたのに、自分のこととなると、この有様で・・・お恥ずかしいかぎりです(。>﹏<。)
そして、これらのこと、実現するには一人ではなかなか難しいということも、自分ごととして体験いたしました。

以前にも、「会いたい」と言ってきてくれたご友人には、無理のない範囲でほんの少しでも構わないから、なんとか時間を作って会ってさしあげて欲しい、ということをお願いいたしました。
それは、SOSを一生懸命出してみても、そこで拒絶されてしまうと、さらなる二次被害が襲ってきてしまうからです。
こんなに苦しい時にでさえ簡単に拒絶される私って、果たして存在し続ける意味があるのだろうか?
そして逆に、ほんの少しでも話しを聴いてさしあげるだけで、救えるいのちがあるのかもしれない、、、ということ。

コロナ第7波で会うことが難しいとしても、「なにかあった?」の一言で救われることもあるのです。電話でもLINEでも構わないので、もしも、話を聴いて欲しい相手として選んでもらえたのならば、その願いを叶えてさしあげてください。
ただし、もしもその人があなたにとって大切な存在の方だったら・・・ですけれども。。。

平野啓一郎氏の小説『空白を満たしなさい』(2012年 講談社)。
何年か前に読んだ小説が、NHKでドラマ化され驚いています。
ちょっと現実離れしたお話なので、まさか映像になるとは思ってもいませんでした。
これもまた、苦しいものがたりです。
自死でいのちを絶った男の、生き返りのお話です。自分が自死で死んだことをどうしても認めたくない主人公。自分のせいで夫が自死したのではないかと苦しむ妻。

その中で語られた「どうやって死ぬかなんて、たかがひとつの行いではないですか」「その死に方が、全人生を否定するわけではない」というセリフ。
しかし、その死に様によってその人の人生を一色に染めてしまうほど、『死』は傲慢に攻めてくるとも語られています。
そして、自分の中にはたくさんの自分がいて、その中の「もうだめだ、いなくなってしまいたい」という自分を、生きたい、生き続けたいと願っている自分が消し去る行為が自死なのではないかというストーリー。自分という人間を、たったひとつの個人としてではなく、あんな自分もこんな自分も存在し得るという、分人として捉えるという考え方。
人生を終わりにしたくて自死するわけではなく、人生を終わりにしないための自死。そういう考え方もあるのかもしれない、と、先日ここで紹介させていただいた詩人谷川俊太郎氏の「ぼく」ともちょっと違う、、かな、と思いつつしんどいながらも観ています。

この小説のように、自分が死んでしまった後にこの世でその意味を問うことはできないけれども、だからこそ、生きている今ここで、生きるとは?死ぬとは?自分にとって幸せとは?と問い続けながら生きることの意味を深く考える機会をくれている小説なのではないかと思うのです。

いろいろな人生があり、いろいろな考え方があって当然だと思います。しかし「その死に方が、全人生を否定するわけではない」という思いは、どのような死に様にも通ずるものであって欲しいと願っています。

 

9月いっぱいまで閉鎖といたします🌴

こんばんは!高尾です(^^♪

グリーフ&セルフケアハウス『湘南ライブラリー』ですが、実はライブラリーにエアコンがありません(。ŏ﹏ŏ)
先日のキャンドルワークショップの時はギリギリセーフという感じで、窓を開け放つとまだ涼しい風が入ってきてエアコン無しでもなんとか開催できました。が、7月に入ってからは、いくら逗子の山の上とはいえ、さすがに暑さには抗えず、窓を開けても暑いものはやっぱり暑い💦
せっかく遠方からお越しいただいても、環境が整わない中でのグリーフケアは心身が開放されず、あまりここちのいいものではないと思われます。

ということで、夏の間、少なくとも9月いっぱいまでは閉鎖させていただくことにいたしました。
その間、全てのプログラムを六本木のカウンセリングサロンに移すことにいたします。 9月に予定しております、「てごねキャンドルワークショップ」も六本木で開催予定ですので、暑い中逗子まで行くのはちょっと・・・と思われている方は、チャンスです✨

六本木のスケジュールは、金曜日が13時〜19時、土曜日が13時〜18時となっております。オンラインも並行して走っておりますので、ご都合のいいお時間、対面/オンラインご希望の方で、ご予約いただければと思います。

大人が絵本に涙する時

こんばんは!高尾です(^^♪

今週は暑かった、いや熱かったですね♨
茹だるような暑さとはこういうことを言うのでしょうか・・・
お昼ごはんを買いにちょっと外に出るだけでも、帰る頃には汗がタラ〜っと💦💦

今週は連日出勤で、しかも月曜日から22時まで勤務だったので、金曜日までが長かったです(T_T) 家に居るのがほんの数時間というこの激務に、どこまで体力がもつのだろうか、、、と日々不安は募るばかりです。。。

そのような折、気持ちがふっと軽くなるような時間を持てると、こころがホンワカとしてきます。
これは、北鎌倉にある葉祥明美術館です。まるで絵本に出てくるような可愛らしい建物です。
何度か北鎌倉には来ていますが、なかなか訪れるチャンスがなく、今回やっと思いが叶いました✨

 


ご存知の方もいらっしゃると思いますが、こんなに優しいタッチの絵を描かれる方です。
その昔、私が中高生くらいの頃でしょうか。初めてこの絵を見た時に、あまりの優しさに引き込まれるように見入ってしまったことを覚えています。
すぐに葉祥明さんの便箋と封筒を買って、友達によく手紙を書きました。その頃は、遠く離れた友人には電話か手紙でしか連絡が取れなかったので、いろんな便箋を買っては、よく便りを出していました。

どんな絵だったかはよく覚えていませんが、でも、この柔らかいパステルカラーと独特の優しいタッチを見ると、あの頃の、手紙を書く時の、そして返事が届くのを待つ時間の、あのワクワクとした気持ちを懐かしく想い出します。

70歳半ばを過ぎられても、精力的に原画展を開かれている葉祥明さんですが、25歳の時に初めて手掛けた絵本がこの「ぼくのベンチにしろいとり」で、イギリス、フランス、スウェーデンで発刊されたそうです。


彼の絵本は、この白い犬から始まりました。名前は『ジェイク』。
だから、英語版のタイトルは『Jake』。そして、この白いダックスフント、ジェイクの性格は、おっとりでお人好しなんだそうな。。。

当時25歳だった葉祥明さんは、自分が老人だったら自分の孫にどんな絵本をプレゼントしたいか、という発想で絵本作りを考えられたそうです。柔らかいフォルムとタッチ、美しい色彩、そしてストーリーはシンプルに、人生で大切なことをわかりやすく伝えること。人生のはじまりにいる子どもたちに、「世界」は信じられるところだと思えるような、平和であたたかい絵本を心がけられたそうです。(あとがきより)

だからでしょうか。このあたたかくて優しいものがたりからは、彼のその大切な思いが伝わってくるのです。孫がいるような年齢になった私にも、この世界は信じられる場所であること、あってほしいと願う思いが、あたたかい絵や言葉とともにふんわりと伝わってくるのです。
その思いは彼と一緒なので、孫娘へのプレゼントにしたいと思います♡


今年の梅雨はあっという間にあけてしまいましたが、これはある雨の日のものがたり。男の子とトランペットが巻き起こす、不思議なおはなしです。

あまりにも絵が可愛いかったので、これも一緒に!

 

真夏と違うのは、朝晩少し涼しい風が吹いてくれることでしょうか。
暑い一日の終わりに、気がつくとふふっと笑みが溢れてしまうような絵本を手に取るのもまた、明日への活力となるのではないでしょうか(*^^*)

 


そして最後に。。。

葉祥明さんは、絵本を通じてグリーフケアの大切さも伝えています。

このものがたりは、星になった我が子の、生まれてきてくれたことの意味と向き合うものがたりです。

あたたかい涙が溢れる一冊です。

 

「大人が絵本に涙する時」
柳田邦男さんの著書のタイトルです。(2006年 平凡社)
大人にだって、美しく優しい絵本を手にとって涙する時間があってもいいではないですか!!きっと、生きるちからが湧いてきますよ(*^^)v