金沢 寺町 「てらまちや 風心庵」

こんばんは!高尾です(^^♪

昨日から1泊で、金沢に行ってまいりました。

仕事ではなく、大学時代の部活仲間との「大人の修学旅行」です!
メンバーの一人が金沢市の寺町で、築100年の元畳屋さんの町家をリノベーションして、世界初の「風鈴ギャラリー付きカフェ」を運営しています。(てらまちや 風心庵 http://teramachiya.com/)
その2階が宿泊施設となっていて、今回一棟貸ししてもらい、町家生活を楽しむことができました。

5〜6年前に彼女が出張で東京に出てきた際、何人かのメンバーで集まった時に「〇〇ちゃん、どうしてるかな?」「〇〇元気にしてるのかな?」という話題が尽きないので、「生存確認会」と銘打って、それ以来毎年集まって、近況報告をすることにしています。
今年は思い切って東京を離れ、金沢での夢のような2日間を過ごすことができました。

「いつか会いたいね!」「今年こそ会おうね!」という年賀状を何回交わしてきたことでしょうか・・・
「いつか・・・」はいつまでも続くわけではないということをどこかで薄々感じつつも、「会いたい人に/会える時に/会う」ということを後回しにしてきたように思います。
それは、簡単そうで、実はとても難しいことだからなのかもしれません。

会いたい人、会っておきたい人、いませんか?
「あの時会っておけばよかった・・・」と後悔しないためにも、ちょっと勇気を出して、連絡してみませんか?
古い友人たちとの時間は、本当にこころを癒し、元気をくれます。

来年は私の故郷でもある兵庫県宝塚市辺りで集まる、、、という夢を叶える為にも、元気で1年を過ごす!!という目標ができました。
目標があれば、なぜか人間って、なんとか頑張れるものなのです(^_^)/

あるお寺さんの門前に掲げられていた御言葉です。

有り難くこころに刻み、明日から、又Be-ingで頑張ります!

遺族会にて・・・

こんばんは!高尾です(^^♪

今日は、研究所在籍中に実習でお世話になった病院の、遺族会のお手伝いに行ってきました。

大切な人を緩和ケア病棟で亡くされてから、半年〜1年たったご遺族の方々とお話をさせていただきました。

当たり前だった生活が当たり前でなくなってしまったこと、喪失感を語る相手がいないこと、亡くしてはじめてその存在の大きさを感じていること、一緒に行った場所に辛くて行けなくなってしまったこと、心残りなこと、、などなど・・・

そして今日、思い切って参加してみて、思い切って自分の気持ちを話してみて、「喪失感を抱いているのは自分だけではないんだな」だけど「喪失感の感じ方はひとそれぞれでいいんだな」ということを感じていただけたようでした。

それにしても、緩和ケアチームのドクター、ナース、ボランティアの方々の笑顔の素敵なこと✨
そして、このチームのグリーフを癒やしてくれたのは、まぎれもなく、ご遺族の方々との語らいであり、「ありがとう、又会いに来ます」の言の葉でした。

こちらこそ、どうもありがとうございました。

音楽が伝えるもの🎶

こんばんは!高尾です(^^♪

今日は武道館に、とあるアーティストのコンサートを聴きに行ってきました。大学4年生の頃から就職して結婚するまでの何年間か、それこそレコードが擦り切れるほど(CDがまだない時代のお話です)よく聴いた今でも大好きなアーティストです。

演奏が始まった途端、武道館を埋め尽くした人々それぞれの思いが一気に溢れ出し、異様な熱気と雰囲気に包まれました。

先日、言葉では伝えきれないものがあると書きましたが、ではでは、この状況は一体なんなのだろうかと・・・
言葉をメロディーに乗せる。創り手と、聴き手と、同じ思いだとは限らないけれど、でも何かがビンビンと伝わってくるのです。
あの頃の想い、いろんな出逢いや別れ、不安や裏切り、夢、希望・・・
どんな時にも「大丈夫だよ」と背中を押してくれたのは、紛れもないこの音楽。。。

ちょっと心が折れそうな今、伝わってきたのは、あの時と同じ「大丈夫だよ」という熱いメッセージ。
メロディーが流れた瞬間、一気に30年余りの年月を遡り、鮮明に、そして確実に、あの頃と今とがちゃんと繋がっていることを感じました。
音楽は時間さえも自由に飛び越えることができるのかもしれません。

言葉や文字で伝えきれないものも、もうひとつ、音という道具を使うと言葉や文字とは違う何かが伝えられるのかもしれません。

宮下奈都さんの「羊と鋼の森」、恩田陸さんの「蜜蜂と遠雷」大好きな小説です。文字が描かれた平面の世界から、生き生きとした音が飛び出してくるのです。ピアノの音色、ピアニストの息遣い、小鳥のさえずり、森の静けさ。。。
なぜだかわからないけれども、とても穏やかで幸せな気持ちにさせてくれたり、泣きたいだけ泣けばいいよ、と言ってくれてるようでもあり、それこそ言葉では言い尽くせないような、何かを感じることができるのです。
それはひょっとすると、受け取る側の有り様によって、様々に形を変えるものなのかもしれません。

音楽が伝えるもの。それは、誰の心のなかにもきっとある、眠っている何かを呼び起こす無限の力、、、なのかもしれないと感じながら、人々の想いで沸き立つ、武道館を後にしました。

大切な人との最期を どう過ごしますか?

こんばんは、高尾です。

大親友のお父様が亡くなりました。

先日京都に行った時、二人で清水さんから祗園さんまでの小路を歩き、二寧坂あたりの隠れ家カフェで素敵なお庭を眺めつつ、ゆったりと流れる時間の中、お父様のお話を伺いました。

残された日々をどう過ごしたらいいのか?
ドクターは、胃瘻にしてでも1日でも長く・・・と言うけれど、そこに人間としての尊厳はあるのだろうか?もう十分に苦しみ頑張ったから、心穏やかにお母様との最期の日々を大切に過ごしてもらいたい。

お父様が刻んでこられた長い人生の最期を、お父様らしく、安らかに、心地よく。。。
だって、人間は亡くなるその瞬間まで、ちゃんと生き抜くものだから。
遺される者達にとっては、その安らかな日々の想い出が、かなしみと共に生きていくための原動力になるのだから。

彼女と別れてから1週間後、お父様は静かに天に召されました。

それは、奇しくも彼女の結婚記念日。そして、私の誕生日。。。
「今日は、私の誕生日にこんなにもたくさんの方に集まっていただき・・・」と始めた披露宴でのスピーチを、そして目を細めて聴いてくださっていたお父様のお顔を懐かしく想い出しました。

自分の最期を思う時、それは死ぬ瞬間に向かって、どう生きるか、生き抜くのか、という道につながるように思います。
いろんな思いにこころを馳せながら、お父様のご冥福をお祈りしたいと思います。

 

「詩」を書くということ

こんばんは、高尾です(^^♪

風の冷たい一日でしたね。

今日は朝から上智での授業。
「悲しみの秘義」「見えない涙」の著者、若松 英輔先生が講義してくださいました。

さあ、「かなしみ」という漢字を5つ書いてみよう!

胸が 打ち砕かれ ひきさかれそうになる   悲しみ
隣人の痛みに はげしく 心ゆさぶられる   哀しみ
喪った人を いまここに 強く感じる     愛しみ
世に飛び交う 情愛の姿を まざまざと映じる 美しみ

詩集「見えない涙」ーヒトから人へーより

そして、、、個のかなしみを超える      愁しみ

 

さまざまなる「かなしみ」は折り重なり、その裏側に隠れていることもあります。目に見えないもの、耳に聴こえないもの、そして言葉にならないものを感じ取り、どう向き合っていくか・・・
それがグリーフケアにとって、とても大切なことなのです。

伝えたいことを言葉にしようと思った時、知りうる限りの言葉を並べても、言葉にならないもの、言葉たり得ないものがあります。
何が表現できて、何が表現できないのか、そして言い尽くせないものがあるということを知るためにも、自分の本当の思いを言葉にする=詩を書く、ということをしてみましょう!ということになりました。
上手下手ではなく、その時に何を感じたか、自分の中で何が起きたか、が大切であり、又そこに書かれた文字は、誰かに読まれることによって命が吹き込まれるそうです。

しかし、詩を書くなんて、高校生以来でしょうか。。。
ドキドキとワクワク、、、ちょっと楽しみでもあります。

風の電話

海の見える高台に
白い電話ボックスがあって
そこに
配線の切れた
黒電話がひとつ
岩手県上閉伊郡大槌町にある
風の電話

受話器をとり
耳にあてても
何も聞こえない
でも
訪れる人は皆
亡き者たちにむかって
話しかけようとする

人が
何かを語るのは
伝えたいことがあるからではなく
伝えきれないことがあるからだ
言葉とは
言葉たり得ないものの
顕れなのである

だからこそ
語り得ないことで
満たされたときに
人は
言葉との関係を
もっとも
深める

嘆き
呻き
涙して
言葉を失ったところで
ようやく
死者たちの
語らざる声に気が付く

どんなに
悲しんでもいいけど
あまり
嘆かないで
わたしの声が
聞こえなくなるから

悲しんでもいいけど
顔をあげて
あなたにはわたしが
見えないけど
わたしには
あなたの姿が見えるから

悲しんでもいいけど
ぜったいに
ひとりだとは
思わないで
いつもわたしは
あなたのそばにいるから

生者たちよ
語ろうとする前に
亡き者たちの声を聴け
祈りのとき
彼方から訪れる
無音の響きを聴くように

若松 英輔著 詩集「見えない涙」より

「ぜったいに ひとりだとは思わないで いつもわたしは あなたのそばにいるから」
社名である、Be-ingに込められた思いでもあります。

 

 

ちょっと気分をかえて!

こんにちは!高尾です(^^♪

昨日はいつものクリニックを離れ、ちょっと気分をかえて、近くのサロンにてケア・サポートをさせていただきました。

 入り口突き当りの窓からはヒルズが一望できます👀
 とても明るいホワイエには☕ の香りがたちこめます。
毎回、セッションの前にお好きなお飲み物を選んでいただいています。昨日はコーヒーの香りが漂う中、ハンドマッサージをさせていただき、ちょっとしたおやつをご用意いたしました。

こうやって、凝り固まった身体がゆるみ、こころがホッとされたところで、お話を伺うことにいたしました。

ヒルズを見渡す明るい窓辺で、美味しいお茶とお菓子をいただき、アロマの香りが漂う中、ゆったりとした時間が流れていきます。     視覚・味覚・嗅覚・触覚・・・次回は聴覚、そう!素敵な音楽を流してみましょう🎶

今のご自分を、5感をフルに使って感じていただくこと。      それが私達Be-ingの、グリーフケア=手当て、に込める思いです。

不妊サポート会社「UMU」設立というニュース

こんにちは、高尾です(^_^)

ここ数日、とても気持ちのいい小春日和の陽気が続きますね。ただ、朝晩の寒暖差が大きいので、風邪をひかないように注意したいものです。

昨日の毎日新聞に、不妊サポート会社「UMU」設立の記事が掲載されていました。

不妊治療の薬や費用などの記録を一括管理できるアプリを開発したり、不妊当事者とがん患者への対応を啓発する企業向け講演会やワークショップなどを主催しているそうです。

私自身も、痛くてお金のかかる不妊治療を経験しました。なにかにとり憑かれたかのようにそのことしか考えられなくなり、毎月という短いスパンで、グリーフが波のように押し寄せてきました。

そして、ようやく授かった命を、流産で2度も失いました。「よかったじゃない、妊娠できるってことがわかったんだから。」などという、心ない励ましにさらに傷つき、どこをどう向いて生きていけばよいのか、途方にくれる日々でした。

あの時、話を聴いてくれる場所があったならば、心の叫びを聴いてくれる人がいてくれたならば、どんなにか気持ちが楽になっただろう。。。涙が溢れてくるのに、「いつまでも、メソメソしてるんじゃないの!」と叱られ、いつのまにか、その思いを言葉にすることを諦め、その全てを自分の中に閉じ込めてしまった。。。

こんな思いから、私達は「Tiedeur 〜ぬくもり〜」という、「いま、ここ」の思いを言葉にして、生きていく力にかえていくことのできる場所、大切なことに気づかせてくれる場所を作りました。

では、なぜNPOではなく合同会社なのか?

その思いは、この「UMU」と同じです。「*寄付金や支援金に頼らずに、自分たちで資金調達し、事業として純粋に評価されたい。かわいそうな存在のままでいたくないから。苦しんでいる人たちの悩みを解決するサービスを提供し、ちゃんとお金を生み出せるようになれば*」

そうなんです。悲しんではいるけど、かわいそうな人ではないのです。同じ人として、同じ土俵に立って、ちゃんとお金を生む、生み出していけることって、すごく大切なことなんです。そうしないと、長く、永〜〜くは続かないのです。だから、私たちも会社という形にこだわったのです。

体調を崩したら病院に行くように、心のバランスを崩したらグリーフカフェの扉を押してみてください。どうしても女性に目がいきがちになりますが、パートナーの方もいろんな思いを抱えておられると思います。ちょっとばかりの勇気をもって、お越しになりませんか?

*平成29年11月6日 毎日新聞朝刊より抜粋

 

 

「君の名は。」に見るスピリチュアリティ

こんにちは、高尾です(^^♪

今日は学祭で賑わう上智大学で、グリーフケア研究所の講義「スピリチュアルケアと芸術」を聴講してきました。冬学期、聴講生として通っています。

今日は映画「君の名は。」に見るスピリチュアリティについて。

瀧と三葉には、三年の時差をはさんで身体の入れ替わり現象が起きます。しかし、どうも翌日にはその記憶が定かでなくなってしまいます。それは、かけがえのない命の喪失を意味し、実社会における疎外感や、社会には何も期待してはいないという無力感の投影ではないかと考えられます。

そしてムスビの力。。。糸を繋げることも、人を繋げることも、時間が流れることもムスビの力。そのトリガーは組紐、口噛み酒、かたわれ時。そして人の身体に入ったものが、魂と結びつく、それも又ムスビ。

ムスビ=ムス(産[む]す、むすこ/むすめの「む」)(霊[ひ]、陽[ひ]が出る) → 人は自然の恵み、営みの中で産まれ、生かされています。

自然の営みとは、、、、地球は生きています。だから災害や紛争で人を殺すこともあるのです。自然の中で生かされている限り、常に死を覚悟して生きていかなければならないということなのでしょうか。。。

「君の名は。」という繰り返される問いかけは、これら喪失が3人称の「誰か」から2人称の「君」へと、つまり、いつかあなたにも起こりうることだということを意味するのです。この喪失感や「ムスビ」を感じるという体験は、映画から外部の社会へと広がりをもたらされるよう、私達観客にバトンタッチされるのです。

ここに、「君の名は。」の社会的メッセージが込められているのだそうです。
奥の深い映画だったのですね・・・

「スピリチュアリティと芸術」は、まだまだ新しい分野の研究で、私は音楽との関わりの学びを今から楽しみにしています🎶

卒業してから1年半ぶりの講義でした。久しぶりにリアクションペーパーを書き、学べる場所のある幸せを感じながら、喧騒の中、帰路につきました。

 

 

 

ブログ、始めます!!

代表の高尾です。

今日からブログを始めようと思います(^^♪

台風の中、今日は、「グリーフサポートみなと」さんの連続講座6回目となる、”グリーフとともに生きる。あなたの「生きる」とは?”に参加してきました。

映画「shall we ダンス?」のダンスドレスをデザインされた山口 弘子さん、池田小児童殺傷事件により小学校2年生のお嬢様を亡くされた本郷 由美子さん、そして世田谷一家殺人事件のご遺族である入江 杏さんの講演を聴かせていただきました。

どんなことがあっても、挑戦すること、生きることを諦めない。

生命は、無限に繋がる「いのち」の集合体。どの「いのち」も同じように重くて深い。

悲しみは消えるものではないけれども、人々の温かさに手当てされ、和らぐことはできる。

悲しみを生きる力に。

悲しみ → 哀しみ → 愛しみ(かなしみ)。悲嘆としての悲しみが、ケアされることによって哀しみとなり、いつしか魂への響きとなる愛しみへと形を変えていく。

「悲しみは本当の人生の始まり」柳田 邦男

などなど。。。

雨音を聴きながら、心に響きわたるお話を伺うことができました。

上智大学グリーフケア研究所の先輩でもある本郷さん、そして今年立ち上げられたばかりのグリーフサポートみなとさん、そして我々Be-ing、横の繋がりを大切に、安心してご自分のグリーフを語ることのできる、温かで優しい場所づくりに携わっていきたいと改めて感じた1日でした。