再び【自凝島】へ

こんにちは!高尾です(^^♪

今日は朝から雨模様☔
今週末には梅雨が開けるかも・・・との情報もありますが。。。
この4連休の過ごし方が、今後の明暗を分けるかもしれません。しかし、ニュースで映し出された空港の映像には、たくさんの旅行客の姿がありました。
各自の判断に任された、「旅行」という魅惑的な誘惑にどう立ち向かうか?という問いかけに、どう応えていきましょうか・・・
兎にも角にも、「移さず」「移されず」最善の努力が求められる旅となると思います。

私が今回の旅で心掛けたのは、幸いにも法事の場所が高野山だったので、人の少ない所を、なるべく公共の交通機関を使わずに移動するということでした。
そこで、飛行機とレンタカーの旅となったわけです。
宿はそれぞれ配慮が行き届いていました。食事も個室であったり、テーブルの間隔をかなりあけて提供されました。移動は、車という個室だったので、特に不安はありませんでした。街なかは出歩かないようにして、観光旅行としては成り立たないかもしれませんが、十三回忌という目標は無事に達成できた、とホッとしているところです。
その時その時ででき得る最善の道を探しながら、緊張が続いているこころを少〜〜し緩めてあげることも、大切なことだと思うのです。

さて、高野山での法要はこちらで執り行われました。

曇り空ですが、
緑が目に眩しいです。

人っ子ひとりいない高野山を後にして、和歌山港からフェリーで四国徳島に移動です。フェリーも人の姿はまばらで、三密は避けられました。時々新鮮な空気を吸いに、デッキに出たりしていました。

昨年一人で訪ねた「淡路島」でしたが、今回は、その時に足を伸ばすことのできなかった「南あわじ」を訪ねることができました。


まずは、鳴門海峡を渡って、徳島から淡路島へ

そして、「自凝島神社」へ!
道路を隔てないと収まりきれないほどの、大きな鳥居です。

自凝島神社は、イザナギ・イザナミの「国生み」の聖地と伝えられる丘にあり、古くから「おのころ島」と親しまれ崇敬されてきました。
昨年、神話学で学んだように、古事記・日本書紀によれば、神代の昔国土創世の時、イザナギ、イザナミが天の浮橋にお立ちになり、天の沼矛を持って海原をかき回しました。その矛よりポタポタと滴った潮が凝り固まって島となり、日本最初の島が生まれたと言われています。これが自凝島=淡路島です。

ここには、イザナギ・イザナミの二神様が、正殿前にあるこの石の上につがいの鶺鴒が止まり夫婦の契りを交わしている姿を見て、夫婦の道を開かれ御子様をお生みになられたという言い伝えから、「鶺鴒石」が祀られています。

「今の絆をより深めたい場合には、男性が赤、女性が白の綱を握り、手をつないで、思いを込めてお祈りください」と書かれていました♡

淡路島の南部、徳島よりということもあってか、すれ違う人もおらず、日本最古の島の空気感をたっぷりと味わうことができました(*^^*)

その後、昨年訪れた伊射奈岐神社を再度訪れました。詳細は、昨年のブログをご参照くださいませ(^O^)/
https://www.grief-cafe.com/%e3%80%8c%e3%81%8a%e3%81%a8%e3%81%aa%e3%81%ae%e4%bf%ae%e5%ad%a6%e6%97%85%e8%a1%8c%e3%80%80%e5%85%b5%e5%ba%ab%e7%b7%a8%e3%80%8d/

神戸に移動中、「キャンドルワークショップ」という看板が目に入り、ついつい参加してしまいました^^;
 ➡  ➡

 

これは「ジェルキャンドル」というもので、パーツを浮かべてはジェルのような蝋を流し込み、固まったらまたパーツを浮かべる、、、を繰り返してできあがりです!

 

紀元前という、想像もつかないほど遥か昔に生まれたこの島に足を踏み入れると、自分が生きる数十年という月日が、ほんの針の先ほどに思われてしまいます。でもそれは、「私」という方向から見ると、その点の先に長く長く伸びる長い線に見えるのです。この一見矛盾する、2つの世界観の中で生かされている「私とはいったいなんぞや?」という問いかけに、さぁ、どうこたえていくか!
ここに来るたびに、そう思わされるのでした。

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