「あなたはいらない」という言葉の重さと残酷さ

こんばんは!高尾です(^^♪

ずいぶんと涼しくなってまいりました。
暑い暑い💦💦と文句を言いながらも、夏の終わりはなぜか寂しいから不思議です。

マロンが我が家に来た時から、ペットロスを覚悟してはいましたが、これほどまでに苦しいものだとは、想像できていませんでした。
先週末、近くのペット霊園を見学してきましたが、こんな寂しいところにマロンをひとり置いておけない、、、と、手元供養することにしました。
両親には申し訳ないのですが、ずっと離れて暮らしていた親を亡くすよりも、13年間ずっと一緒に暮らしていたマロンを亡くすほうが、苦しいです。
きっと、そこにずっと居たマロンが、居るべきマロンが、突然居なくなってしまったからだと思います。
「見えないことと居ないことは違う」
若松先生が書かれていることが、今はこころの拠り所となっています。
バリで少しそう思えるようになったのは、非日常の生活で、もともとそこはマロンがいない場所だったからだと思います。
家に帰ってみると、やっぱりいつも出迎えてくれる姿がないこと、ご飯のお皿がひとつしかないこと、そのひとつひとつが胸に迫ってきます。
「姿は見えないけれども、ちゃんとここに居る」
いつかそう思える日が来ることを、毎日マロンに語りかけながら祈っています。

「あなたはいらない。不要です。」
この言葉を投げかけられたのは8月中旬でした。
それ以来、その言葉が重くこころに沈んでいました。

網走刑務所で、受刑者に連日1日中投げかけられていた言葉は「用無し」だったそうです。
人間にとって、1番屈辱的な言葉だからかもしれません。

実際に言われてみると、最初はその言葉の意味も意図もわかりませんでした。
痛すぎると、それを感じないように感覚が麻痺するというのはこういうことなのかもしれません。
そして、ジワジワとジンワリと鋭い痛みが襲ってくるのです。

恐らくは、言った本人には自覚がないと思います。
私だけではなく、同じ思いをした人が他にもいると聞いて、驚くと共に少しホッとした自分がいました。
でも、、、と思うのです。
傷つけようと意識して言う言葉と、無意識に日常的に言う言葉と、どちらが残酷だろうかと・・・
意識してやることは、意識すればやめることができます。
でも、無意識にやってしまうことは、自分ではコントロールできないのです。

「あなたは不要、いらない。ただの穴埋め要員だから」
最も深いグリーフとは、自分という人間の存在意味を喪失した時ではないでしょうか。
たとえば、親としての存在意味を失ってしまった時、社員としての存在意味を奪われた時、パートナーとしての存在意味を見失った時、ひととしての尊厳を奪われた時、そして生きている意味がわからなくなってしまった時。
「もう、あなたはいらない、必要のないひとです。」
大切なひとを亡くしてしまった時、失業してしまった時、失恋した時などなど….
胸に去来する最も辛く苦しい思いは、自分の存在意味を問うものなのではないでしょうか。
それでも、その亡くしてしまった大切なひと、ものと共に、苦しみながらも、自分の新たな存在意味を見つけていくのが、グリーフワークなのです。

このようなことが、グリーフケアの現場でも起きています。
グリーフをケアするはずの場所で、グリーフをケアする立場のひとが、
こころない言葉を口にして、相手のこころの中をグリーフでいっぱいにして、しかもそのことに気づかずに、何人ものひとが静かにフェードアウトしていくのです。
今までも伏線のような出来事はたくさんありました。
ずっと我慢をして感じないように振る舞ってきましたが、やはり「あなたはいらない」という言葉は重かったです。
自分を護る方法は、ストレスを強く感じる場所に身を置かないこと、何も言わずにその場から静かに身を引くことだということを、同じ思いをされた方からアドバイスしていただきました。

私は、私を必要としてくれる場所で、必要としてくれる方々と繋がっていることができれば、それでいいのです。
そう思えるようになると、なにかの呪縛から解放されたように、気持ちが楽になりました。
そして私は、スタッフのひとりひとりが、誰かの代わりなどではなく、それぞれがかけがいのない存在であるということを、伝え続けていきたいと思います(*^^*)
そういう大切なことに気づかせてもらえた、この夏のひとつのできごとでした。

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