ボランティアって・・・

こんばんは!高尾です(^^♪

先週末、ファシリテーターとして所属しているグリーフサポートみなとの1員として、ボランティアに参加してきました。

この時期になると思い出す方もおられるかと思いますが、2000年12月31日に起きた、世田谷一家殺害事件の被害者のお姉様である入江杏さん主催の「ミシュカの森」講演会が慶応大学でありました。

寒い中ホカロンやお茶が配られ、幾つかの団体のボランティアみんなで作り上げていくイベントでした。それぞれができることを、できる場所で・・・話し合い、考えながら、とてもいいものが出来上がったと思います。

ところで、ボランティアってなんなのでしょうか?

カトリックの学校で育った私にとっては、子供の頃からいつも身近に当たり前のようにあるものでした。特に構えることもなく、できる時に、どなたかのお役にたてることをさせていただく、という感じだったと思います。

クリスマス前には、募金箱を持って宝塚の駅前に立ちました。今でも心に残っているのは、殆どの方が目の前を通り過ぎていく中、日雇い労働者風の方々が「お嬢ちゃん達が寒い中頑張ってるから」と紙のお金を募金箱にポンっと入れてくださったことでした。身体は寒くて凍えそうだったけれど、心がポッカポカになったことを覚えています。

高校生の時には、夏休みに、広島の「太陽の町」という授産施設で、土方やペンキ塗りの仕事を1週間泊りがけでやらせていただきました。

卒業するまでの2年間は、三宮からJRでかなり西向きに走ったところにある乳児院で、子供達と一緒に勉強したり遊んだりしました。

子供心に感じたことは、やらせていただいたこと以上の何かを、いつもいただいていることの不思議でした。

大人になると、なかなか難しい存在となりました。
ボランティアも大人の人間の集団なので、いろいろあるんですよね。ぶつかることもあれば、力を合わせて何かを作り上げる歓びを分かち合うこともあるわけです。
グリーフケア関連のボランティアに参加する方々は、ご自身も大きなものを抱えておられたりするので、信頼関係がとても大切になってきます。
その中で感じることは、自分がここにいることの意味をちゃんと自分の中に落とし込んでおかないとなかなか続かない、、、ということです。
子供の頃と違って、なにかと忙しい中時間を作り、お金と体力を使うということを、無償でず〜〜っと続けていくということは、考えているほどそう簡単なことではない、ということです。

又、無償で労働力を提供してもらう立場の方々が忘れてはならないことは、ボランティアの人たちに支えられているという感謝の気持ちと、敬意を払うことではないかと思います。報酬は支払えないけれども、それ以上の何かをやっぱり持ち帰ってもらえるよう、心を尽くさなければならないのではないかと思います。そうでないと、いい人材を得ることは難しいと思います。

報酬の支払いを目的にしないで働くということが「ボランティア」の本来の意味であって、日本での当たり前のように「無償で働く」という現状は、本来の語源とは違ってきているようです。
無償で働くということは、報酬以上のやりがいがないと続きませんし、無償な上に責任まで持たされるのは、正直キツイ・・・というのが本音でしょうか。。。

だから大人のボランティアは、なかなか厄介で難しい・・・のです。

でもやっぱり、私は人を信じて続けていきたいと思っています。

 

 

 

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