働くということ

おはようございます!高尾です(^^♪

今日は夕方からの勤務なので、それまでは自宅でこちらのお仕事こなしています。

ちょっとブレイクタイムです(*^^*)

ある会社で社員が提案したそうです。
「みんなが、いつでも自分の都合に合わせて休みやすい、楽しく働きやすい環境にしましょう!」と・・・

確かに同じことをするのであれば、楽しみながらやった方が絶対にいいです!!
いつでも、自分の都合に合わせてお休みできれば、そんな気楽なことはありません。
でも、、、と私は思うのです。「楽しい」ことと「楽をする」こととはちょっと違うのではないかと。

どんなに若くて才能があっても「私は〇時までしか働けません」とか「他にやりたいことがあるので、月に1回しか働けません」と主張したとしたらどうしますか?私なら困ってしまいます(-.-;)
結局は誰かにしわ寄せがいってしまい、結果、休みたい人にとってだけの働きやすい環境になってしまうからです。
「平等という名の不平等」なのではないでしょうか?

以前にも書きましたが、高校生の時に、「太陽の町」というところにボランティアで行ったことがあります。やっとのことで辿り着いたというのに、部活を休んで(サボって?)やってきたある男子生徒に神父様がいきなり怒鳴ったのです。「ここは、自分のやるべきことをサボって来る場所ではない。今すぐ学校に戻りなさい!」と・・・彼はすぐに地元神戸に戻っていきました。その時の神父様の言葉が、ずっと私の中に刻まれています。

「自分のやるべきこと」
それを見つけることは、子供の頃と違ってとても難しいです。ならば、目の前にある、自分でなければできないことを、ひとつひとつ拾ってはこなすということを続けていけばいいのではないか、、、と思っています。
日野原先生が仰っていた「自分の時間を誰かの為に使う。それがいのちの使い道、使命なのだから。」という言葉が蘇ります。
自分がやったことは、必ず自分に戻ってきます。いいことも悪いことも・・・です。だから、人からの評価だけではなく、自分がどう関わっているのか、ということの方が、ずっと大切なのではないかと思います。
そう思いながら周りを見渡すと、少し見えるものが違ってくるのではないでしょうか?
少なくとも私は、大変な思いをしたからこその楽しみであり、楽をしてばかりの仕事は、決して人を育てないと思っています。

働くって、そこに気持ちも身体もちゃんとあること、やるべきことを見極め、ひとつひとつ丁寧にこなしていくこと。昔、バブル期にOLだった頃のような「24時間戦えますか💪 」なんていう働き方はできないけれど、年齢を重ねたからこその仕事を続けていきたいと思います。

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