玉置さん再び

こんばんは!高尾です(^^♪

23日の日曜日に、1年ぶりとなる玉置妙憂さんの連続講座「悲しみとともに生きる」が無事開催されました。
今年もいいお天気に恵まれ、見晴らしのいいお部屋で心地よい時間を過ごしていただけたのではないかと思います。

皆さまのお越しを静かに待ちます

目の前にはスカイツリー

 

 

『悲しみの中の小さな空気穴』

かなしみでいっぱいいっぱいのこころに、小さな風穴を開けてみる。ふ〜〜〜っと何かがこぼれ出ていくのを感じながら、手放すこともまた、悲しみとともに生きていく人生には、とても大事なことだと気づくだろう。。。

遺されたものの役割についてのお話の中で、月の話が出てきました。

宿って新月→生きて半月→死に切って満月

人は文字通り新月でこの世に生まれ、生きて半月となりあの世に帰っていくのではないかと玉置さんは感じておられるそうです。そして遺されたものは、亡くなった大切な人の半月から満月までを預かることになり、それは、大切なあの人がこの世で感じていた考えていた語っていた、そして存在していたことの証人となることなのです。
そして、遺されたものが生き切った時、預かっていたあの人が死に切って満月となるというのです。またもや、竹取物語を彷彿とさせるお話でした。

悲しみとともに生きていく、その担い手は他ならぬ自分であり、あの人のいない今までとは少し違う世界で生きていくということは、その世界で生きていきやすいように物語を書き換えていくということなのです。自分が楽になるための引き出しをたくさん持っておくこともまた、とても必要なことなのです。

死を受け容れるとか容れないとかの問題ではなく、今の悲しみに沈んでいる自分はこの世の諸行無常のほんの1部でしかないのです。同じ形であり続けることはできないのですから、無理になんとかしようと今の自分に執着するのではなく、自然に時間とともに変容していくのを待つのもいいかもしれません。

「話す」ことは「放す」こと。
何を話し、何を放すかは、人生の担い手であり、物語の主人公である自分が決めること。もう◯年も経つのに、とか、まだ◯年しか経っていないのに、とか、周りが決めることではないのです。

安心して話し放せる場所はやっぱり大事✨
Be-ingがその大切な場であり続けられますように・・・と改めて気持ちが引き締まる思いでした。

玉置さんの最新刊です。 サインまでいただきました!

今年も最後にお輪の涼やかな音に導かれ、瞑想の時間を静かに持つことができました。
玉置様、とても穏やかな時間を、ここに集ったお仲間と過ごすことができました。来年もまた、学ぶ機会に恵まれるよう祈っております。
ありがとうございました。

そして今回、上智大学グリーフケア研究所時代の同級生が、受付やご案内の仕事を手伝ってくれました。直前にお願いしたにもかかわらず快く引き受けてくれ、共に学んだ仲間と何らかの形で皆さまのお役に立つことができたことがまた、とても嬉しかったです✨

 

 

鎌倉文学館のバラ園

春に引き続き、愛でてまいりました🌹
空は曇れど、気持ちは清々しい!!

 

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