断捨離の極意

こんばんは!高尾です(^^♪

アッという間に1月が終わってしまいました。
そして、コロナが私たちの生活に入り込んできてから1年が過ぎようとしています。
今までの生活が一変してしまいました。
会いたい人と行きたい所に行くことも、美味しいご飯を食べながら楽しいおしゃべりをすることも、我慢ガマンの1年でした。
2回目の緊急事態宣言が発令される中、入試も始まっています。ピアノのレッスンをお休みして頑張っている生徒たちに思いを馳せ、どうかこのような状況下にあっても、持てる力を発揮できますように、、、と祈る日々です。

コロナ渦にもかかわらず、カウンセリングサロンには、今年になってからも新規の方が何人もお越しになっています。
悲しい気持ちが少しでも和らぎますように・・・と、テーブルの上に可愛らしいサボテンを飾ってみました。

あたたかいキャンドルの灯りと真っ赤なサボテン。
今月はストロベリーのお紅茶。
そして、心地よいピアノのBGM。

視覚、嗅覚、聴覚・・・こころが少しずつ緩んでいくのがわかります(*^^*)

みなさん、ご自分で語りながらなにかに気づかれ、ちょっとだけ荷物をおろし、少し軽くなった足どりで帰っていかれました。

 

終活の一環として始めた、身の回りのモノたちの断捨離。やってみるまでは、「ただ物を捨てるだけ」と思っていましたが、やってみるとそれだけではないことに気づかされます。

息子たちの諸々のモノを片付けながら、すっかり忘れていたあの頃のことをたくさん想い出しました。今では、一人で生まれてきて一人で大きくなり、勝手に巣立っていった、、、かのように振る舞っている彼らですが、幼稚園の先生からの連絡帳の文字を追ってみると、「お母さんの姿が見えなくなると、突然不安になる〇〇ちゃんでした。」などと書かれています。
そうか、そうだったな。どんなに偉そうにしていてもあの頃は、私がいないとなんにもできないくらい小さくて弱くて儚げな存在だったんだよな。だから、彼らのいのちを護るために、私自身も必死で生きていたんだったな。そして、精一杯愛していたし、愛されていたんだな、と。だから、大丈夫!これでいいんだよ、と。。。
やっと、自分の存在や生きてきた意味を認められたというか、受け容れられたというか・・・なんだか、とっても気持ちが楽になりました。

断捨離とは、こうやって、ひとつひとつモノを掘り起こしながら、生きている意味、生きてきたことの意味を噛みしめていく作業なのかもしれません。だから、ただ捨てるだけではなく、拾い上げながら手放していくことなのだと感じています。モノを手放すことの代わりに、ちゃんと胸に刻んでいく作業なのでしょう。そうすると、自分が自分一人で生きてこられたわけではなく、周りの人たちの存在によって生かされてきたことにも気づかされ、なんとなく、優しい気持ちになれるのです。感謝・・・なのでしょうか。。。

それにしても、なんでこんなモノたちを今まで後生大事に取っておいたのかと思うほどの、モノの山です。まだまだ続きますが、ちょっとずつ、私も荷物をおろしながら、身軽になりたいと願いながら頑張ってみます💪

コロナで気持ちも重いですが、身体も重い^^;
ということで、今日は糖質制限された材料を使って2品作ってみました。

 

 

何があってもパンはやめられない(^o^;)

そして、バレンタインのプレゼント💟 

ラムレーズンサンドです\(^o^)/

 

 

 

明日から2月です。
未来の私たちが笑っていられるように、自粛生活を受け容れながら、楽しみを見つけながら、もう少し、もう少し・・・

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